ある通信兵のおはなし

基地の危機

平成16年10月8日配信
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 米軍機による空襲がますます熾烈を極めてきました。
私たちの基地の存在も米軍が知ることとなり、基地存続が危ぶまれる時がきました。

 過去二回に亘る米軍機の偵察行動により、詳細な位置はともかく概略を把握していることは確実である、と隊長以下全員が認識し、基地の隠蔽工作を厳重に施すとともに、従来にも増して攻撃に対する備えを厳重にしていました。

 米軍側からして見れば、過去二回出撃した計五機の全機が未帰還であることから考え、優勢な日本軍機が隠れ、飛行場に待機していると判断していることと思われました。
米軍機の戦隊長は、部下を失ったことと、日本軍機にしてやられたとの悔しさで一杯であったであろうと思われます。

 相手の心情から考えますと、次に襲ってくるのも艦載機のグラマンであることは確実であると考えられました。

 基地に駐機している時間帯をできるだけ少なくするか、または、周辺の我が軍の基地に一時待機する案もでましたが、隊長は「米軍機の襲来を逃れるために他の飛行場に一時待機させて欲しいと司令部に具申できるような戦況にはない」「他の飛行場も、空襲に対する迎撃、特攻機の出撃など目一杯の奮闘をしているのだ」として、頑として聞き入れることはありませんでした。

T曹長は「米軍機の空襲は、B-29のような焦土作戦ではなく基地壊滅を狙ってくるだろう。座して待つよりも、積極的に索敵行動を行い米軍機を撃破する心構えを持続することが肝要である」と力説していました。

通信室長とT曹長が、「今後に於ける防空体制の強化ならびに積極的な索敵行動のありかた」について、隊長に具申を行いました。

その概要は、

 ・高射機関砲を増備する。
 ・司令部発令による索敵哨戒出撃以外に、隊独自の判断に基づく出撃を常時行ない、米軍機の動向の早期把握に努める。 
 ・地下壕にある予備の無線機は、即稼動できるように整備するとともに、発動発電機の整備を充実する。
 ・米軍機の発進状況を早期に把握できる体制を整えるため、和訳担当兵の服務時間帯を再検討し、米軍機の通信傍受体制の見直しを図る。

などでしたが、隊長の決裁により即日実行することとなりました。
これらを完全に遂行するとなると、必然的に皆の負担が重くなることは当然ですが、当時の情況から考えますと、このような対策を講じても充分とは言えませんでした。

2,3日後、高射機関砲が一門配備されました。
これは、何処かの基地で使用中であったらしいのですが、隊長が司令部に対して「対空砲火の武器を強化するか、それとも、米軍がヤッキとなって当基地を攻撃してくるのを避けるため、虎の子の三機の偵察機を他の基地へ配置替えを行い、実質的に基地の作戦行動を停止するか。選択肢は二つしかない」と、迫ったおかげのようです。
さすが隊長の「員数合わせ」に使う論調は堂々としていたそうです。

配備されたのは「一式37mm機関砲」でしたが、この機関砲はドイツのメ−カ−の技術を購入し日本でライセンス生産されたもので、重量は1500kgもありました。しかし、構造が簡単で威力は十分にあり、重要地点の防空用として配備されていました。
発射速度は一分間に180発でしたから、機関砲でありながら機銃程度の発射速度を備えていました。

しかし、砲の操作方法、特に照準器の操作を知る者がいませんでした。
従来の砲二門の射手が、我流でも操作できるように早くならないと、いざと言うとき役に立ちませんので、整備軍曹が必死になって操作方法の研究をしていました。

昭和20年5月上旬の払暁、和訳担当兵が「艦載機が発進しています。2,3機ではなく相当数であるようです。編隊を組む指示をしています」と、大きな声で報告がありました。

T曹長は「矢張り来たか。今日の目標は我が基地であろう。相手になってやろう」と言っています。そしてN軍曹とG軍曹に対し、「今日は思う存分にヤレ。元々我々は戦闘機乗りであったが思いがけず偵察要員となり、偵察活動に徹するために無理な空戦は極力避けてきた。が、ことここに至っては、元の戦闘機乗りに帰り、禍根を残さないように励んでもらいたい」と激励しました。

今日の曹長は、相当な覚悟での出撃で、いつも見ているような余裕タップリな態度ではありませんでした。

三機が編隊を組み、伊豆半島を一路南下しました。

基地から「米軍機の隊長機から目標の命令がでた。座標数値から判断すると我が隊の基地である」との連絡が入りました。

曹長が予測したとおりでした。
米軍機は何機ぐらいかは推定できませんが、編隊を組む指示を出したと言うことは最低でも15〜20機はあるということでしょう。

機のレ−ダ−を凝視していましたが、機影は映りません。
基地へ「米軍機の北上ル−トは判断できないか?」と通報をいれましたが、「巡航飛行に移ってからの交信はない」とのことでした。

発見されるのを避けるために無線を封止しているのでしょうか。

ル−トがほぼ同じであれば、レ−ダ−に反応がある筈です。

曹長が「この地点で捕捉できないとすれば、東か西方面から周り込んでいるに相違ない。失敗だ」と悔しそうに独り言をいっていた時、基地から、

「緊急通報。グラマン15機が来襲して攻撃中」

万事窮すでした。私たちが南下していたル−トからかなり離れて北上していたようです。

基地では、軍事施設であることを極力隠蔽するため擬装は万全にしていましたが、隠しおおせることは無理でしょう。
基地の通信施設は、地下壕の予備機を運用しているそうでしたが、グラマンの攻撃に対して高射機関砲で猛烈に反撃しているとのことでした。

私たちは、急遽引き返すこととしましたが、いまからでは間に合いません。

基地から「米軍機の交信を捉えた。『座標数値の位置に日本軍機はないが、位置は間違いないから徹底的に攻撃せよ』と隊長機が指示している」
ついで「高射機関砲で二機を撃墜した」との通報がありました。

 グラマンの航続距離と発進した空母の位置関係から推測すると、基地上空における滞空時間はせいぜい30分程度でしょう。

基地に対して、グラマンが帰投時に集結する地点が分かれば、即、通報されたいと連絡をいれました。

まもなく、「集結地点が判明した。伊豆半島沖50km」と通報が入りましたので、折り返して基地の被害状況を聞きますと、
「爆弾投下と機銃掃射により数人が負傷したが命に別状なし。ただし、炊事小屋が爆弾で吹っ飛んだため、今夜のメシにはありつけないぞ」

通信室長の声でした。
「メシ」の話しがでるのは、まだまだ戦闘能力がある証拠で、被害を最小限度にくい止めることができたようです。

今度はこちらの番です。基地を襲撃されたお返しをタップリすることでした。

T曹長から、「いまさら、貴様たちに空戦の奥義を講釈しても始まらんが、グラマンの戦法は複数機で襲うことを原則としていることと、低空での空戦には弱いから一対一の低空戦に持ち込むようにしろ。貴様たちの腕を思う存分示してやれ」との檄が、無線電話を通じてN軍曹とG軍曹に飛びました。

集結地点にはこちらが先着しましたので、高度を5000にとり、三機がそれぞれ獲物を待ち構えました。

レ−ダ−に捉えました。
3機が先行しその後ろ30kmの処を3機が、直ぐ後方を残りの機が次々と飛来してきました。

曹長が「よし、行くぞ!俺に続け」と言いながら機を急降下させました。

グラマンは不意を突かれてうろたえているようでした。

目的の攻撃を終えてヤレヤレと思っているときに、上空から敵機が迫ったきたので、上昇機動に入ることができず、逃げるのに精一杯の感じでした。

一機が黒煙を吐いて墜落してゆきます。

状況を基地へ通報していましたので、墜落したグラマンは誰が撃ったのか、わかりませんでした。

周りはグラマンだらけです。こちらの機のアチコチに被弾しているのでしょうか、異様な音がしていましたが、自分でも信じられないほど落ち着いて基地との通信ができました。これも経験と馴れからくる自信でしょうか。

アチコチでグラマンが墜落してゆきます。

N軍曹とG軍曹も日頃の鬱憤を晴らしているようでした。
あまり空戦の経験のない二人の通信兵はチビッテいないでしょうか?

四機が墜落するのは確認しましたが、その他はわかりません。

今日のグラマンは、いつぞや遭遇したP-38と比べると相当技量に差があり、メクラ滅法に撃ちまくってきましたが、恐怖に直面して臆病風に吹かれているからだと思いました。

二機のグラマンが垂直尾翼をブラブラさせながら退避しょうとしているのをN軍曹機が追尾しているのを見て、T曹長が「深追いをしなくとも、あれでは空母まで無理だ。辿り着いても、方向が一定しないから着艦はできないだろう。そのうち機を捨てるだろう」と言っていましたが、言葉どおり、暫くすると二つの落下傘が開きました。

残ったグラマンは必死になって遁走してゆきます。

自機の現在地を充分にわかっていない空戦後の帰投は、洋上であるだけに非常に困難で、空母との交信は精神状態の興奮が醒めてからにしなければ、途中でガス欠の運命が待っています。

基地から「グラマンの隊長機は撃墜されたようだ。他の機が空母に対して帰投の誘導を懸命に依頼している」と入りました。

 敵の動きを的確に捉えながらの交戦の優位さをつくづく感じると同時に、約半数の機を失ったであろう空母の司令がどんな顔をしているかを想像し、来るべき次の攻撃に対し、我が方も充分な体制をとる必要を感じました。


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