ある通信兵のおはなし

迷子の米軍機

平成16年8月27日配信
コンテンツ

トップ
著者の紹介
メルマガ購読
ある通信兵のつぶやき
Q&A
リンク
バックナンバー一覧
Amamilサーチ

Powered by Amamil

PRODUCTS


AD


Powered by



 軍用機のエンジンは、機種により気筒数は違いますが12〜18気筒で、整備兵にしてみれば、スム−ズにスタ−トさせるのはひと苦労でした。
中谷軍曹機の百式司偵には、一応セルモ−タ−は装備されていましたが、エンジンの圧縮が高いためクランクが回転しないので、機体に装備されている慣性始動機(機の胴体下部エンジンの直ぐ後ろに装備)を使って始動することが頻繁にありました。
セルモ−タ−をフルに廻すとそれだけ電池の消耗が激しく、そのうえ、機体重量を軽くするためにバッテリ−は小さく軽く作られていたため、当然容量も少なく、直ぐにバッテリ−あがりを起して無線機その他電気系統に影響が出ましたので、エンジン始動にはもっぱら、慣性始動機を使っていました。
 始動機には「転把(てんぱ)」というハンドルが付いており、転把を廻すとフライホイ−ルが転把の回転よりも200倍に増速されて廻ります。
転把の回転が毎分100回転、フライホイ−ルは毎分2万回転に達したところで、エンジンと始動機のクラッチを繋ぐのですが、相当な衝撃で始動機はよく壊れました。
これは、エンジンを守るため始動機が脆弱に作られていたからだそうです。

 ですから、スクランプルに備えて、出撃がなくても整備兵は2、3時間おきにエンジンをかけて暖気運転をしており、現在では考えられない整備のノウハウを必要としました。
また、無線機用の電源をエンジンのダイナモから供給するようになっている機の場合、供給される電圧が一定しないことと、点火プラグおよびダイナモからでる電磁波の影響が大きいため、無線電話の場合のノイズ(雑音)がひどかったようです。

 「軍用機の無線電話は、殆ど使い物にならなかった」と戦後の刊行物に書かれていましたが、エンジンにスパ−クキラ−を付け、独立したバッテリ−を使えば雑音は殆ど解消されます。
ちなみに当隊の機は、電磁波の影響を受けないよう換装していました。
 これは、軍用機の装備のなかで無線機関係はつけたしぐらいにしか考えていなかった軍上層部の考えかたにも一因があったことは事実です。
そのことは、日本人が発明した「八木式アンテナ」が、欧米で使われていたにもかかわらず、軍上層部はその存在すら知らなかったことからも歴然としています。

 さて、定時哨戒のために春雨が降る早朝に出撃しました。
本日の命令は「湘南方面に米軍戦闘機が出没する頻度が急に多くなってきたことから、わが軍の示威行動の一環として伊豆半島沖から渥美半島の伊良湖岬沖までを哨戒せよ」でした。
レ−ダ−が前方100kmぐらいに機影を発見しました。進路は西です。一機のみで伊豆半島から西方面へ飛行するのは、おそらく米軍機でしょう。
しかも、速度は遅く目的地に向かって飛行しているようには見えません。
友軍機の場合は海岸線の陸地を目視できる航路を飛ぶ筈です。

 基地に対し「何か情報はないか?」と聞きますと。
基地の和訳担当兵が「10分ほど前から僚機を呼び出す無線電話をヒッキリなしに傍受しているが、相手の応答がない」と伝えてきました。

 この通報をきいて、ピンときました。
「レ−ダ−に映っている機影は、この無線を発信している機だ」と。

 早速、高度5,000、エンジン全開で西へ向かいました。
見えてきました。
双胴のP38ライトニング戦闘機(「はなし」の第44話 を参照してください)です。
相手が丁度、東方向に向きを変えて飛行しており、高度も約5,000でしたので、出会い頭の状態で接近しました。

 しかし、相手は撃ってきません。
「おかしいナ?」とおもっているとT曹長が、「何処かを攻撃してきて弾切れになっているのだろう」と口にしました。
二機は睨み合った状態で旋回していましたが、ひとつ、思いついたことがあり、早速やってみることとし基地の和訳担当兵に連絡しました。

私「これから俺が言うことを、同時通訳で米軍機へ無線電話で伝達できるか」
和訳担当兵「いつもの例に従ってやります。中継していることを悟られないように上手くやります。どうぞ」

私「一機でこんな洋上を彷徨しているのはなぜか?」
Pー38操縦士 「・・・・」
私「撃墜する気があれば、君は今ごろ海の中だ。理由を聞きたい。場合によっては撃墜もしくは捕獲する。君の考える時間は3分間だ」

和訳担当兵は、いかにも一番古参の熟練兵が言っているようにドスをきかせた同時通訳をしていましたので、少し効果がありました。

P−38操縦士「僚機との集合場所に私の隊の一機が現れないので捜索しているのだ。捕獲されるよりも撃墜してくれ」

想像すると、戦隊長機のようです。

T曹長が私に、「気にいった。度胸は米軍機の若手を遥かに凌いでいる。自分の戦隊機を案じて捜索していたのだろうが、広い洋上を闇雲に飛行を続けても徒労に終わるだろう。多分、ドイツ戦線でドイツ空軍と空戦を戦い抜いてきた猛者で士官だろうな。マイクを貸せ」と言いながら、操縦士に対し「君の度胸に感服した。撃墜も捕獲もしない。その代わりに、発進した基地名、戦隊名、本日の任務、君の名前と階級、認識番号を聞かせてくれ」と聞きました。

P−38操縦士は、「基地名、戦隊名は軍事機密事項で話すことができない。
私は、○○大尉で本日は戦隊を率いて、湘南地方から内陸部の偵察のため某基地から発進した。他の4機は無事任務を終え先に帰投したが、一番若い操縦士の機が行方不明となったので、呼びかけながら捜索しているのだ。
機銃を撃てないのは、配線関係が故障しているらしい」

抑揚から判断して、ビビッている様子ではありませんでしたので、さすが戦隊長だけのことがあると感じました。

T曹長「分かった。しかし、発進した基地が分からんと誘導ができない。部下の機は撃墜されたと思う。P−38の航続距離は長いらしいが、洋上を捜索するにも限度があることを認識せよ。君から基地を聞かなくても、硫黄島に間違いはない。俺が硫黄島に向かう航路まで誘導してやる。今度、会いまみえる時を楽しみにしている。
俺のあとを高度5,000、速度400で追尾せよ。なお、この付近は偏流(横風)が強いので、流されないように注意せよ」

P−38操縦士「日本軍は鬼のようだと聞いていたが、あなたのような心の広い人もいることがわかりました。航路の誘導をお願いしたい」

T曹長「聞いておきたいことがある。ルメイ将軍は日本本土を焦土化する戦略を採っている。君たち戦闘機は、逃げ惑う非戦闘員に対して、容赦なく機銃掃射を加えてくるが、この戦法もルメイの命令か?
戦争である以上、戦闘員に対する攻撃は止むを得ないが、怯えた民間人をまるで射的場の人形を撃つように攻撃してくるが、それほど日本人が憎いか。
もし、君の親兄弟が戦闘機の機銃掃射を受けている光景を想像したことがあるか?
真珠湾攻撃に対する恨みはわからんでもないが、米政府の情報連絡の遅延にも、遠因がある、君はどう思うか」

P−38操縦士。
「・・・・」
「私はドイツでは空戦ばかりで対地攻撃の経験がないので、意見を述べることは控えるが、わが軍の戦闘機がそのような攻撃をしていることは知らなかった。
私見を述べる権限はないが、全ては戦争そのものに責任があると思う。
この戦争が早く終り、軍服を脱いだ姿でどこかであなたと再会したい。
あなたは、日本の武士道精神を持った人です」

T曹長「ここで90度右へ変針しろ。東経141度だ。真っ直ぐ南下すれば硫黄島にぶつかる」
P−38操縦士「あなたとの会話は忘れないでしょう。サンキュウ。グッドラック」

 私達の機と平行して飛行しながら、挙手の礼をしましたが、戦争とは一体なにかを考えさせられる経験でした。


【参考】
米軍機との同時通訳による交信は、わが方の通信基地局経由で行っていました。
どういうルートで交信していたかをワードファイルで図式化して説明しております
興味がある方はご参照ください。


前のおはなし次のおはなし