抗日工作員の検挙(1)平成16年7月23日配信 |
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深夜。 午前2時ごろ。 通信室当直の多田上等兵が「不審な交信を傍受したので来ていただきたい」と、起こしにきました。 気候のよい4月の半ばでもあり、ぐっすりと寝込んでいましたので、私は直ぐに起きることができませんでした。 階級は下でも、娑婆での経験がものをいう通信士仲間の間では「俺、貴様」の間柄ですから、眠い眼をコスリながら通信室のスピ−カ−に受信信号を出して聞いたところ、上等兵が言うとおり、確かに我が軍の通信とは違います。 乱数表による暗号のようですが、暗号数字の組み方に規則性がなく、また、英文の生文が電文の中に含まれています。 海軍でもこのような暗号は使ってなかったと思います。 私 「コ−ルサインを聞いたか?」 上等兵 「始めに【CQ CQ CQ (探呼符号)QTH(経度、緯度)K(どうぞ)】だけで、軍関係でもなく、米軍でも使用していない呼び出し方法でした。その後、すぐに応答があり、交信が始まりました。 発信側が「経度・緯度」を伝えることにより、自分の位置を相手に伝えるような無線通信は、船舶が遭難したとき以外は使うことはないと思われますので、この点から考えても不審な無線通信であると思いました」 因みに、上等兵は娑婆の無線局で3年のメシを食っている現役入隊兵です。 軍隊の通信学校では【Q符号】を訓練しませんので、もし、軍通信しか経験がなければ、なんの不審感も抱かなかったことでしょう。 私 「よし分かった。【QTH】の次の数字(経度、緯度の数値)を、記憶しているか?」と尋ねますと、確かな返事が返ってきました。 通信士は記憶受信の訓練をしていますので、先ず間違いはないでしょう。 平岡少尉作成の座標数値をプロットした地図を広げ、位置を求めますと、杉並区高円寺の通称早稲田通りの周辺であることが分かりました。 (注)経度では、赤道上における1度の距離は700kmにもなります。従って、〇度◎分☆秒まで、正確な数値でないと、実際の地点との距離の誤差が大きくなるのです。 不審な通信は経度の「分」まで表現していましたので、誤差は当然あるでしょうが概ねの位置を推測することが可能でした。 私 「通信室長と、和訳担当兵の徳本一等兵(技術担当)をすぐ起こしてきてくれ」 これまでの経緯を総合的に判断すると、 ・発信源は東京杉並区高円寺町の周辺。誤差を勘案しても現在のJR・当時の省線の中央線高円寺駅から半径30kmの範囲内である。 ・交信状況から勘案すると、抗日工作員(スパイ)の地下無線局である。 ・電文の内容を憶測すれば、本土空襲の戦果・特に軍事施設に対するものを確認し定期的に米軍へ通報しているものと思われる。 ・アマチュア無線局は、昭和16年に送信機を一斉に封印しているので、アマチュア局ではない。 ・受信側からの発信感度が低いことから勘案すると、受信地は太平洋に展開している米軍の艦艇か、若しくは、硫黄島である。 以上の推測事項を通信室長に報告し、直ちに司令部の当直士官に通報されました。 技術担当兵 「周波数は8,000Khz帯で、昼間帯は電波の伝播が悪いので、深夜の比較的感度がよい時間帯を選んでいます。波形は特に不審な点はありませんが、送信電鍵は横振りを使っているものと思われます。受信側の波形は我が軍のものとは違うと考えます」 その日の早朝、午前5時に隊長から集合命令がでました。 隊長 「本深夜、本土から発信された不審電波の通信を傍受した。 その内容の軽重はともかく、かかる地下無線を放置しておくことが作戦遂行に及ぼす影響は甚大である。 司令部の命令により、我が隊の指揮で地下無線局の探索と検挙を行なうこととなった。 憲兵隊、特別警察および逓信省電波管理局の電波発信方向探知車(3台)を動員し、我が隊の平岡少尉(通信室の地点情報検出の専門)指揮のもとに行動することとなった。 司令部との連携を保ち、遺漏のないように対処すること。 なお、行動する場合は、相手の出方が予測できないことから、必ず拳銃を携行すること。 以上である」 メンバーには私と多田上等兵、岩城上等兵が選ばれました。 選考理由はQ符号を理解しているからでした。 憲兵隊と特高からはそれぞれ30名。いずれも私服を着用です。 方向探知車3台を、平岡少尉が類推した最も効果的と思われる地点に配備を完了させたのが、午前10時ごろでした。 憲兵と特高は車に分乗し、平岡少尉が考えた地点への配備を完了させましたが、私達は私服がありませんので、相手に発見されにくいよう、上下つなぎの作業服を着用、軍帽も被らずに携帯用の無線機をトラックの荷台に積み込み、憲兵と特高との連絡は無線電話によることとし、連絡用の無線電話機も積みました。 準備に抜かりはないと思いましたが、たった一点「ハングル」を理解できる者が捜索隊にいないことに気付きました。そのことを、隊を通じて司令部に要請したところ、夕刻、一人の特高が急遽派遣されてきました。 大捕物になりました。 はたして、こちらの思惑どおりに、事が運ぶかどうか予測できません。 こちらの網に気がついていないとは思いますが、同じ場所から発信する確率については、10%程度でしょう。 工作員であるとすれば、仲間もいるであろうし、また、居所も転々とする筈です。 日が暮れてきましたが、その日の深夜に発信がある確信はありませんでした。 そのことを少尉から無線電話で他の捜索隊に連絡してもらうとともに、根気よく粘るよう指示を出しました。 その日は根気よく検波しましたが、残念ながら空振りでした。 徹夜状態でしたから、トラックの荷台でうとうとしていますと、基地の通信室長から「昼間帯は発信はないと思われるので、充分休養をとるように」との連絡が入りました。 しかし、神経が過敏になっているのか、精神的な休養は取れませんでした。 日が暮れてきました。 スタンバイOKと言いたいところですが、発動発電機は運転し続けていましたのでガソリンが今夜中もつかどうか危ぶまれます。 発発のガソリンの消費量の計算を誤っていたことを後悔しましたが、もはや後の祭りです。 「なんとしてでも今日のうちに検挙しなければ」と、少々苛立ち気味になっていましたが、他の者も同じ思いであったことと思われます。 皆、動作がソワソワ気味でした。 深夜 午前0時前。 基地から「4,000Khz帯で【CQ】から始まる不審電波を捉えた。検波せよ」との通報が入りました。 (つづく)
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