ある通信兵のおはなし

通信士のスランプ

平成16年7月2日配信
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 硫黄島に戦闘機の基地が完成したのちは、ノ−スアメリカンP51・ロッキ−ドP38・チャンスボ−ドF4U-4コルセアなど、航続距離の長い戦闘機の発進基地となり、敵機が本土の南方海上を我が物顔で飛行し、沿岸地域の偵察行動が頻繁に行なわれていました。

本土防衛隊の迎撃機の絶対必要機数は、夜間におけるB-29迎撃用と合わせると、その機数は充分とは言えませんでした。

白昼堂々と太平洋沿岸地域を偵察している米軍戦闘機を、指を咥えて放置しておけば、米軍が我が軍の装備状況を敏感に察知することは必定でした。

上層部からの索敵命令が発令されずとも、米軍戦闘機の動向を把握するため、隊長の命令の下に私たちは、連日のように早朝から哨戒索敵に出撃していました。

これは、日本軍機が常時警戒飛行を行なっていることを、米軍側に知らしめるためです。

戦後米国で発刊された図書で、B-29の後部射手の手記が掲載されていましたが、当時の硫黄島には各種の戦闘機がところ狭しと駐機しており、被弾していたB-29を緊急着陸させるために副操縦士が管制塔に対し着陸許可を求めたところ、「降りる場所がない」ということで許可が出ないため、機長(大尉)が再度着陸を要請したところ、基地の隊長が「だめだといっているのが分からんのか!何処へでも消えうせろ」と応答があったとの記述がありました。

米軍らしからぬ管制塔とのやり取りに、絶対優勢であった米軍でも将兵たちの、すさんだ気質を赤裸々に表現していると感じました。

夜明け前に、伊豆半島から湘南地方の沖・約300kmの哨戒を終え、異常がなかったので帰投しますと、通信室のI上等兵と、M上等兵が「ご相談したいことがあります」と、緊張した顔つきです。

内容を聞いて見ると、2名ともどうやら「手崩れ」を起しているようです。

道理で、送ってくる符号がギコチなかった訳です。

「室長に相談したか?」
と聞きますと、まだのようでしたので、「先ず室長に相談するように」と告げ、遅まきながらの朝飯を食っていました。

通信室長。
「いつもながらすまんが、両名の「手崩れ」を矯正できないか」と相談がありました。

私。
「モ−ルス通信士のアキレス腱とも言うべきもので、誰しも、一度や二度は経験することです。本人達は、通信兵として「役立たず」の烙印を押されることのないようにと一番気を使うものです。そのためにますます深みに嵌まっているのだと思います」

「本人達の心構えは勿論ですが、基本を5日間ぐらいみっちり練習すれば、なんなく克服できると思います」

通信室長。
「T曹長の了解を得ているので、出撃の合間に面倒を見てやってくれ」

両名に対して。
「自分の能力以上の高速度通信をやろうとして、気がつかない間にどうしても、打てない文字がでてきたのではないか?」

練習用の電鍵でイロハ48文字を打たすと、I上等兵は「シ」(― ― ・― ・)の終りの長音(―)が極端に短く、聞きようによっては、数字の七(― ― ・・・)にも聞こえます。

M上等兵は、「ヒ」(― ― ・・―)の符号の短点が、等間隔ではなく極端にくっついているので、「ネ」(― ―・―)に聞き誤るような符号でした。

両名とも、当隊に配属されたときに通信室長からの依頼で私が初期練習を済ませ、「大丈夫です」と室長に対して太鼓判を押した手前もあり、私にも一端の責任があります。

このまま、放っておくと打てない文字が段々と増え、終いには使い物にならなくなることが眼に見えていましたので、「何とか矯正します」と室長に大見得を切ってみはしましたが、心の片隅では私も悩んでいました。

両名に対して。
「貴様たちは、配属されたとき、最初に俺が言ったことを実践していないだろう。
もう一度言う。

右手で重い物を持つな。
風呂では5分間右の手首をよく揉め。
速く打つことよりも相手が聞き取りやすい符号を打つように心がけよ」

「なお、自分自身で矯正する方法を考えたか」に対しては、異口同音に「考えませんでした」

私。
「自分で考えずに、他力本願での矯正はムツカしい。これから言うことを実行してみろ」

「I上等兵。貴様が打ちにくい「シ」の符号の最後の長音を心の中で切り離し、「ナ」(・―・)を最初から打つつもりで、長音は少し長いくらいになるように、打ってみろ」

言われた通り打つと(― ― ・―― ・)となり、最後の長音は普通の倍ぐらいですが、「シ」と判読できます。

「M上等兵もこの要領を応用することを考えよ。表門がだめなら、裏門がある」

M上等兵。
「わかりました。初めから「ヒ」を打とうとせずに「ヨ」(― ― )と「ウ」(・・― )をひっつけて打って見ます」

(― ― ‥― )となり少々違和感がありますが、「ヒ」と判読できました。

私。
「人それぞれに手崩れの状態が違うので、こんなに簡単な矯正の糸口があると慢心するな」

「我々の武器は、無線機であるとの隊長の訓示を忘れるな」

両上等兵。
「ありがとうございました」

一人前になりかけた時点で「手崩れ」は突然に襲ってきます。
その原因は解明されていません。

私には、慢心から自分の技量に溺れてしまうことが最大の原因のように思われます。


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