低酸素症平成16年5月21日配信 |
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「米軍戦闘機が海岸線の我が軍の橋頭堡構築状況と防空陣地の偵察を昼間帯に頻繁に行なっている」との情報を受け、レ−ダ−捕捉の情報がない段階から定時索敵に出動していました。 犬吠崎の南200kmぐらいのところで米軍機二機と遭遇しました。 ノ−スアメリカンP−51(注)です。硫黄島基地から発進した偵察機のようです。 (注:画像と諸元表 http://chie.okigunnji.com/f/P51/P-51.htm) 基地から。 「『敵機発見、攻撃する』との無線交信を受信した。警戒せよ」と通報がありました。 いつもの調子にボリュ−ムを調整していたのですが、受話器がガンガン。 無線電話の出力をあげるため、基地の送信機が新型の高出力機に換装されていることをすっかり失念しておりました。 我ながら不覚でした。 米軍は、来るべき本土上陸作戦に備えて連日のように偵察飛行を行なっていましたが、今日は足の速いP−51でした。 状況を基地へ通報している最中に、一機が後ろへ回り込んできました。 その日は雲が厚く、回避するには絶好な状態でしたが、相手の速度はわが方を遥かに凌いでおり、油断はできません。 相手の機銃斉射をかわしながら雲の上に急上昇。 急激な加速上昇によるGのため、頭が一時的にぼんやりとして眼がかすんできました。 6,000mで酸素を吸入しようとしましたが、バルブの故障らしく呼吸ができません。 T曹長の吸入器をときどき借りようと思いましたが、敵機をかわすため、必死で操縦している曹長にとてもお願いできるような状態ではありません。 出撃前の点検で大丈夫だろう、と思って点検をしなかったのです。 曹長から「手抜きはするな」と日頃から厳しく言われていましたので、「酸素を少し吸わせてください」とはとても言えませんでした。 基地との交信がスム−ズでないことに、通信軍曹が気がついたのでしょうか。 通信軍曹。 「貴様のモ−ルス符号は、符号になっていない。A3(無線電話)に切り替える。周波数○○khz」 その間も急降下、急上昇を繰り返しながら、雲の上に出たり雲の下または雲中を全速で回避していましたが、敵機は捕捉困難とアキラメたのでしょう。 他の一機の後を追うように北上し始めました。 任務優先が先決であるようです。 基地から無線電話で「貴様、大丈夫か?なにかあったのか」と問いかけられましたが、思うように話すことができません。 「酸素不足で体の状態がおかしい」とやっとの思いで返答したのち、二機と遭遇した位置と方位を告げましたが、曹長が私の行動を不審に思い「帰投する」と言ってから酸素吸入器を渡してくれました。 さきほどからの私の様子に、低酸素症に陥っていることを察知していたようですが、敵機の追尾をかわすために余裕がなかったのでしょう。 帰投後、隊長付きのY中尉から「話したいことがある。帰投申告が済んだら部屋にこい」といわれました。何だろうと疑問に思いました。 Y中尉は士官学校から航空士官学校で学び、南方戦線で活躍していましたが右足に被弾、回復後も杖を持たないと歩けない状態で、地上勤務となり隊長補佐となりました。 米軍機の撃墜数は二十数機と聞いていましたので、腕前は抜群で、その度胸と判断力には、T曹長ですら一歩譲っていました。年は曹長より2才年下で、気の合う同僚同士の雰囲気でしたが、公の場では将校と下士官ですからその辺のケジメはキチンとしていました。 ときどき二人で、飛行機の模型を持っての空戦技術研究に余念がありませんでした。 わたし達が出撃するときは、必ず滑走路の端で整備兵とともに手を振って見送ってくれました。 曹長から聞いたのですが、手を振りながら中尉は心のなかでいつも「最期の別れ」を覚悟されていたそうです。 Y中尉の部屋へ行き「ご用でありますか」と尋ねますと。 Y中尉。 「貴様はいままで、航空医学を訓練を受けたことがあるか?」 私。 「通信技術が主任務でありますので、航法、航空力学の訓練は受けましたが、航空医学の用語は初めてであります。」 Y中尉。 「よし、わかった。曹長からの要請があったので、これから1時間程度、航空医学についての基礎を話すから、よく聞いて、今後は今日のようなブザマなことにならないようにしろ。」 曹長が手配しておいてくれたようです。 任務が完全に果たせない場合、普通であれば着陸後ビンタが飛んでくるのですが、私たちの隊はビンタよりも若い隊員の指導育成を重視するのが隊長の方針でした。 Y中尉。 「人間は酸素20%、窒素80%の地上の空気中では、人体の肺ガス交換の機能は正常に働く。しかし、高空になると大気圧の減少により、酸素の肺胞膜通過が少なくなり、気圧が1/5のところでは、酸素も1/5しか体内に吸収されなくなる。 吸気中の酸素分圧(窒素と酸素の割合は4:1ですが、大気圧の中で酸素の占める圧力を『酸素分圧』といいます)がある程度以下になると、酸素の供給が不足し、急性の身体的・精神的な症状が現れてくる。 高度5、500mでは気圧が1/2になるから酸素を補給する必要があるが、個人差があるため、自分はどれ位の高度で酸素を必要とするかを知悉しておく必要がある。 低酸素による自覚症状としては。 ・疲労感、眠気、めまい、などがあるが、自覚しなくとも、視力、思考力の低下が現れる。 搭乗員として視力、思考力の低下は死に繋がる怖れがあることを念頭におく必要がある。 ・熱感があり顔がほてってくる。 ・頭がボ−ッとし、動くのがおっくうとなる。 ・計算力、判断力が低下する。 ・意識が混濁してくる。 主な自覚症状は以上であるが、問題はこれらを苦痛として感じないことである。 従って、経験を積んだ者ほど危険な状態となることは、俺を見れば分かるであろう。 敵機との空戦はコンマ何秒かの差が勝負の別れ道であるが、低酸素症の場合は、この判断が鈍るため一瞬の動きが出来なくなり、被弾の憂き目を見る結果となる。 貴様はこれまで理論的に知ることなく、ただ経験で任務を果たしていたと思われるが、軍の訓練姿勢にも問題がある。 搭乗員はただ飛べればよい、と考えている者が上層部にもいることは確かである。 精神力だけでは戦争はできないことを、上層部はシッカリと会得しておくことが肝要であるが、目先の戦術だけに固執していることは否めないと感じる。 「通信兵は通信だけが堪能であれば事足りる」との考え自体が間違いであり、関連する事項も含めて演錬するべきである。 教育隊の内務班における躾は、優秀な兵隊を養成する場ではなく上官が自分の鬱憤を晴らすことにほかならず、訓練とは言いがたい。明治からの風潮とはいえ、実に嘆かわしいことである。 わが隊長も同様な見解である。 有能な兵隊を育てるとともに、優秀な武器の開発をおろそかにしてきた結果が最終的な戦術として「特攻」しか考えられない結果として表れてきた。 我々はその中でも、自分の任務を完全に果たすよう努力する必要がある。 他言できないようなことも話をしたので他言無用であるが、今後の参考とせよ」 私がこれまでに言いたかった事柄を、言い尽くしてくれました。 軍隊のあり方とは何か。をここまで突っ込んで考えている将校は少ないでしょう。 後ほど、T曹長に対して「低酸素症」の教育をY中尉に要請していただいたことのお礼を申し上げましたが、他言無用と言われた部分は話しませんでした。
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