ある通信兵のおはなし

洋上飛行の実技訓練

平成16年4月30日配信
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 日本陸軍航空隊の航法訓練は、主として地文航法(注1)による訓練を主体として行なわれていましたので、大陸における行動は得意ではありました。
しかし、太平洋の真っ只中の航法とは事情が随分と違います。

地文航法が応用できる日本近海の海域や島を確認できる空域では、これらを目標として容易に飛行することが可能ですが、360度水平線の洋上の場合は、計器を信じることと、自機の位置を常時正確に把握していることが、最も重要であり、特に真っ暗闇での方位、高度、速度などは計器に頼りますが、強風が吹き荒れたり、横風が強いときは、あっと言う間に、自分の頭の中の「軸」が傾き、計器の表示と自己の感覚にズレが生じて不安になります。

感覚がズレた状態は既に「空間識失調」に入っています。
それでも計器を信頼してそれに従っている間は大丈夫ですが、あくまでも自分の三半規管(注2)に頼り、ズレを修正しようとしているうちに失速、横転、急降下にはいる危険があります。

米陸軍の爆撃機隊では、開戦初期から洋上飛行の訓練を充実させていたそうです。
マリアナ諸島のテニアン、サイパンから日本本土まで片道約2、500kmもの洋上飛行ですから、精度の高いレ−ダ−を搭載した先導機が先導しても航法失敗による行方不明機を出していましたので、航法の錬度向上は重要課題であったそうです。

京浜に向かう第一目標は富士山で、このコ−スを「ヒロヒトハイウェイ」と呼
んでいたのは有名ですが、阪神間に向かう場合は「琵琶湖」を目標としたと書いている戦記ものの書籍がありました。
視程距離は一番良い天候でも約30kmで、またレ−ダ−を使ったとしても、変針位置(概ね北緯34度)から考えても「琵琶湖」がディスプレイに表示されるわけがなく、全くの憶測で書いていると思います。

阪神間では、紀伊水道の各地にある紀伊防備隊の対空砲火を回避するため、紀伊半島の潮岬を目標とし、和歌山県新宮市、または、三重県尾鷲市から紀伊半島を縦断するコ−スで侵入してきました。

 N軍曹の後任として任務についたG軍曹は、度胸と腕は抜群でT曹長ですら舌を巻くくらいでしたが、洋上で目標物がない場合の経験が少ないことと、同乗する通信兵の経験が浅いことを勘案し、隊長からT曹長に対して「G軍曹に洋上飛行の訓練を行なうこと」との下命がありました。

T曹長が私に「G軍曹機の洋上飛行訓練計画を早急に作成しろ」と命令され、一晩ジックリと考えました。

自分がこれまで経験した事柄のうち、一番難しかった幾つかを列記しました。

・下界が全く見えない雲の上を数十分飛行したのち、いきなり雲の下に降下した場合の自機の方位と位置の確認。
・偏流(横風)が強い空域で、偏流値から計算した位置と、計器の確認。
・ジェット気流が激しい空域での飛行。

以上の点を充足するにはどのコ−スを飛行するのがよいか、をいろいろと考え、一応の案を作成して曹長に提出しました。

立てた飛行計画は、東経138度の伊豆半島を南下、右からの偏流を体験しながら北緯31度から西に変針し、ジェット気流の向かい風を受けながら、速度と時間経過から得た距離と実際の飛行距離の比較を実感するものです。

遠州灘沖の東経137度付近から北上し、左からの偏流を体験する。
この地点では微かに富士山が遠望できます。

私たちの隊の索敵空域のほぼ70%程度を、いろんな条件を実際に体験しながら飛行するコ−スを計画し、コ−ス設定の根拠を曹長に設明しました。

曹長は「よし、この飛行計画でいこう。隊長に説明する」とのことで、ひと安
心しました。

通信室の軍曹に「索敵命令または米軍機発進の情報は即通報されたい」と依頼し、雲が低く垂れ込める日、G軍曹機が先行し、私たちと二機が飛び立ちました。

G軍曹機の通信兵にとっても、よい実地訓練ができたと思います。

現在の航空管制業務は、埼玉県所沢市にある東京航空交通管制部が、わが国が管轄する空域の約70%を担当し、航空機相互間および飛行地域における航空機と障害物との衝突防止予防並びに、航空交通の秩序ある流れを維持し促進する業務を行なっています。

管制業務は大きく分けて、空港で行なう「飛行場管制」「進入管制」「着陸誘導管制」「タ−ミナル管制」がありますが、東京航空交通管制部で行なう業務は「航空路管制」「進入管制」に分けられます。

従って、日本の上空での飛行は電子機器による安全飛行に加えて、航路の安全を図る設備が完備されており、航空路の誤りなどは皆無であると思われます。

しかし、どんなに精密な電子機器であっても、システムダウンは避けることができないようです。

本年の4月8日の午後7時過ぎ、東京航空交通管制部の航空路レ−ダ−情報処理システム(RDP)がダウン。
緊急用のサブシステムに切り替えたため機能の一部が制限され、そのために管轄内の空港ではスケジュ−ルどおりの、離着陸ができなくなり、午後9時半に復旧しましたが、全国二十の空港で百二十便の旅客機が30分から最高で3時間以上も出発が遅れるなど、全国的に空のダイヤが乱れる事故がありました。

精密技術を駆使した装置であってもダウンするのですから、PCのフリ−ズは許容範囲なのでしょう(笑)。

【注1】地文航法
飛行機のパイロットが地上の海岸線や鉄道線路などを見ながら飛行する方法で、天候が悪いとき、または、海上や陸上で固定した目標がないときは、使用できません。
なお、この航法を完全に行なうためには、この目的のために作成された航空用地図が必要です。
現在、この航法は「有視界飛行」と一般的に呼ばれており、初級クラスのセスナなどは、この航法によりますので、夜間飛行は無理です。

【注2】三半規管=左右の耳の奥に一つづつあり、大きさは約6.5mmで身体の平衡感覚を保つ働きがあります。自分の体が、今どんな体勢なのか、を素早く情報をキャッチして、脳に信号を伝え身体がスム−ズな動くことが可能となります。
言い変えれば身体のナビゲ−ションシステムです。


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