情報伝達平成16年4月9日配信 |
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現在は情報の氾濫時代で、その中から正しいものを取捨選択しなければなりませんが、沢山の情報の中から自分の波長にあったものを選ぶ方法は、無線機で該当する情報の周波数を検波するのと同じであると思います。 伝達手段として現在は、映像、音声、活字など多岐にわたり、しかも、高速大容量の通信が可能となり、戦後、この分野における急速な進歩と普及発達には目を見張るものがあります。 伝達手段のル−ツは言語によるものですが、相手に自分の意志を的確に分かり易く伝えるのは、簡単なようで案外と難しい場合があります。 今年はオリンピック開催の年ですが、近代オリンピックの第一回大会が開催されたのが、1896年ギリシャのアテネであったことは周知のことと思います。 オリンピックの陸上競技の花形といえば、最終日を飾る「マラソン」です。 これの起源は紀元前490年まで遡ります。 ペルシャのダリウス1世がギリシャに侵攻し、数万の大軍がアテネに近いマラトンを攻撃しましたが、大激戦の末、ギリシャ軍はペルシャ軍を撃破しました。 この勝利の知らせをアテネまで伝えた伝令役が、フェイディビデスという一兵卒で、マラトンからアテネまでの約36kmの距離を走り抜き、アテネの町にたどり着き、「我が軍勝てり」と一言報告するとそのまま息絶えました。 ここまでの話は誰しも知っていることと思われますが、当時は情報を伝達する方法は人間が移動する以外に手段がなかったわけです。 言い換えれば「情報伝達の媒体ル−ツは人間であった」と云う象徴的な事柄であります。 このマラソンの距離は、初めの頃は正式な決まりがなく、約40kmだったそうですが、どうして、この様な端数が生まれたかについては、1908年(明治41年)の第4回ロンドン大会開催の際、イギリスの王女がマラソンレ−スのスタ−トを是非観たいとのことで、王女が住んでいるウィンザ−城の庭の芝生のところからスタ−トし、競技場まで走ることとなったため、距離が延長されて半端な距離となったらしいです、1924年(大正13年)の第8回大会の時から、この半端な距離42.195kmが正式に制定されたそうです。 ところで、日本がオリンピックに初参加したのは、1912年(大正元年)の第5回大会(ストックホルム)でしたが、参加選手はマラソンの金栗四三(しぞう)と、短距離の三島弥彦の僅か二名でした。 この時の開会式の入場行進で金栗選手がプラカ−ドを持つこととなりましたが、国名が「JAPAN」となっていたことに憤慨し「わが国は日本というれっきとした国名がある」と手製のプラカ−ドを作り、ロ−マ字綴りで「NIPPON」と書いたプラカ−ドを掲げて入場行進したそうです。 世界に日本という国を堂々と示した勇気とその気骨は、今の時代でも多いに見習うべきものがあると思います。 因みに、正月の恒例行事となっている箱根駅伝を提唱したのが、金栗四三氏です。 情報伝達手段のはなしの本論に戻ることとします。 情報通信は、傍受・盗聴されないようにさまざまな工夫を施し、特に「軍事通信の暗号化」と、それを解読するための研究がなされていました。 第二次大戦中の暗号機で有名なドイツの「エニグマ」は、英国の作曲家「エドワ−ド・エルガ−」作曲の変奏曲第36番「Enigma」から取ったといわれていますが、「Enigma」とは「謎」という意味です。 この「エニグマ」は、難攻不落の暗号でしたが、イギリスはロンドン郊外に暗号解読専門の要員を集め、革命的ともいわれる手法を導入しました。 エニグマ暗号解読の突破口を開いたのが、チュ−リングという人です。 1942年(昭和17年)エジブトの砂漠の中で、ドイツ・イタリア連合軍とイギリス・アメリカ連合軍の戦車隊が激突した「エル・アラメインの戦い」に敗れたドイツのロンメル将軍が率いるアフリカ軍団に対し、食料、弾薬を補給するための輸送船団がイタリアの港から北アフリカの港に向かっていたとき、英国側はロンメルとドイツ本国との間に交信される無線通信を傍受、その暗号を解読して、船団のコ−ス・到着日時および到着場所を解読、準備万端を整えたうえ、攻撃艦艇を輸送船団が航行するル−トに出動させ、ドイツの輸送船団を撃沈しました。 エニグマ解読の最大の戦果は、1943年(昭和18年)のドイツが誇る高速潜水艦(Uボ−ト)との激戦です。 開戦の初期、ドイツは多数のUボ−トを大西洋に出動させ、米国から英国などへ送る物資を満載した輸送船団をことごとく攻撃しこれを撃沈しましたが、これは、ドイツ軍の無線傍受部隊が船団が発信する無線を傍受し、船団の所在をUボ−トに通報するシステムをとっていたためです。 しかし、エニグマ解読に成功した英国は、Uボ−トの正確な現在位置を解明し、輸送船団の針路を変更するとともに、攻撃機がUボ−トを不意打ち攻撃することができるようになりました。 その結果、1943年の5月には、ドイツは大西洋から全てのUボ−トを引きあげますが、エニグマ暗号解読の事実は知らずに、英国のレ−ダ−の性能が向上したものと理解していたようです。 エニグマ解読の事実が公表されたのは、1970年代に入ってからのことです。 盗聴技術を駆使した盗聴組織「エシュロン」に、わが国は加盟していませんが、政府は平成18年度をめどに内閣官房の内閣情報調査室の人員を大幅に増やし、情報収集・分析機能を強化した情報組織に改組する検討に入ったそうです。 国際テロや北朝鮮による工作活動などを未然に阻止することを視野に、国家の安全保障や危機管理体制を整備するのが狙いで、米中央情報局(CIA)をモデルにした首相直轄の情報機関を目指すそうです。 構想は現在の約150人体制の内閣情報調査室の規模を1,000人体制に拡大し、首相の直轄部門とするそうですが、諜報要員としての資質の訓練を担当できる人はいるのでしょうか? いささか疑問に思います。 と云うのは、現在海外における各種の情報は、海外にある日本企業からの情報に負うところが多いと聞きますので。 情報要員の育成とスキルアップは容易ではないと思いますが、完全に立ち上がり機能することを期待しております。
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