ある通信兵のおはなし

横振り電鍵の符号

平成16年3月26日配信
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 索敵飛行に出撃するつかの間の息抜きに通信室を覗くと、通信軍曹が「ちょっと不審と思われる相手と交信中だ。『定時の気象情報を受信できなかったので再送して欲しい』といっているのだが、生文が単語の羅列になっており、また、何処の通信隊ともいわないのだ」とのこと。

 交信を始めるときは、相手のコ−ルサインを充分確認したうえで始めるのが常套ですが、こちらのコ−ルサインを知っているとの安心感から、担当していた兵長が呼び出しに対し、相手の確認をせずに即応答したらしいのです。

スピ−カ−に切り替えて聞いていると、やはり気象情報の再送を何度も要請する内容でした。

しかし、モ−ルス符号の長音がやたらと長いのに比べて短点が短くて速いことに気がつき、軍曹に「これはおかしいです。担当を変わってもよろしいか」と、承諾を得て、高速度で「再送を要請する理由はなにか?」と打ちました。
しかし受信できなかったらしく、「サラ、サラ(もう一度送信されたし)」の返事が返ってきました。

送信術は多少未熟であったとしても、受信すら満足にできないような通信兵を配置していることに疑問を感じ、QSA1(感度不良=感度の強弱を1〜5に区分しています)QSV(V符号を連送されたし)と返してから、技術担当兵に受信電波の波形分析を依頼しました。

「何をしようとしているんだ?」と、軍曹は怪訝な顔つきです。

私は、
「変形した符号と単語の羅列、簡単な生文であるにもかかわらず受信できなかったことなどから判断すると、わが隊を呼び出してきた相手は友軍ではないと思われます。
符号の長音が普通よりも長く、短点の間隔が短いのは「バグ・キ−」という、電鍵のア−ムが横振りになるものを使っているためです。
我が軍では全て縦振りの電鍵を使用していることから考えますと、自分の憶測では、この相手は米軍であると思われます。」

当時、在米の日本人二世で軍隊を志願した者がいると聞きました。
その多くは欧州戦線に配属されていたそうです。通信相手が二世でないとすれば、片言の日本語ができる米人の通信兵でしょう。

技術担当兵が、「電波の波形を分析すると、移動体(飛行機等)ではなく固定通信所のようです」とのこと。

方向探知機があれば大体の発信場所を推測できますが、当隊には残念ながら配備されていませんでした。

何にもまして重大なことは、こちらの周波数とコ−ルサインがバレていることです。

いままで、米軍の通信を撹乱するあらゆる手段を講じてきましたが、そのことを米軍が探知し、ことさらのように気象情報の再送要求の形で探ってきたに相違ありません。

一部始終を見ていた通信室長が、途中経過を報告するために隊長室へ行かれました。

隊長曰く。

「周波数とコ−ルサインの漏洩は重大事であるが、バレるに至った経緯を知る方法がないか」
とのことでした。

「気象情報は、軍事機密事項であるため安易に再送はできないが、どうして気象通信隊に対して再送を要請しなかったのか?」と、今度はゆっくりと生文で送ってみますと。

「申し訳ありません」
と謙虚な返事です。

相手が完全に馬脚を表している証拠は、QSA、QSVなどの世界共通のQ符号を理解していることです。

日本の軍隊では、Q符号はいわゆる敵性用語として一切使用していませんでした。

因みに日本軍では、感度を「カン」というように、全て軍隊特有の略語を使っていたのですが、相手はそこまでの情報は掴んでなかったようです。

「気象情報は本来は暗号化しているのであるが、特に再送する。暗号化しない変わりに今後は英文で交信を行なうが、よろしいか」と、問い掛けると。

「ES」(・ ・・・)イエス。

和訳担当兵に。
「これから米軍の通信所と英文で交信を始めるから、俺の言うことを即座に英文でタイプしてくれ」と依頼しました。

短波無線の電波は電離層で反射されて遠くまで到達しますが、長波と比べて電波の直進性があり、発信元を特定しやすいという面があります。

この場合、米軍が我々の位置を確認するために方向探知機を使っていることは必至であると考え、できる限り短時間で相手の動向を探ることが必定となります。

「貴通信所が日本軍でないことは、すでに暴露している。一つ目の理由は「バグ・キ−」を使用したこと。二つ目は日本軍が使用していないQ符号を理解したこと。
これらのことは、貴通信所が米軍である証左である。この交信状況から、方向探知機により我が方の所在を確認するために「気象情報の再送要求」という姑息な手段を使っているが、周波数とコ−ルサインの変更はいとも簡単にできる。

従って、当方の周波数とコ−ルサインを探索した労力には敬意を払うが、後一歩の処でこの作戦は失敗である。

我が方の存在を知った経緯を是非とも伺いたい」

私が言う言葉を、即英訳してタイプした文字を横目で見ながら、一気に送信しますと、

「貴方の英語力に感心しました。貴隊通信兵のモ−ルスの癖を分析し、三名の特定ができている。特定できた通信兵が交信している時のコ−ルサインが一致したことから、存在を確認することができた」と、得意げにペラペラと回答してきました。

「我々の通信部隊は場所を転々としているので、この交信状況から位置を特定できたとしても、今後の作戦立案上においてなんの参考にもならないことを付言しておく。上官に対し『作戦は失敗でした』と報告するがよい。バイバイ」

皮肉を込めて、送信すると。

「ご忠告ありがとう。SK(サンクス)」

通信室長がこれらの経緯の一部始終を隊長に報告するとともに、司令部に対しても、この事実を報告しました。

技術担当兵が、
「周波数の波形を分析しますと、米軍の通信所は硫黄島のようです。過去に交信していた波形とほぼ一致します」
と報告してきました。

騙すつもりで呼びかけてきたのですが、それが仇となり自分の存在を表してしまったのでした。

この事実からコ−ルサインの変更を即実施し、また送信機を予備機に換えて我が方の周波数波形から探索できないように対処しましたが、米軍に察知されているであろう三名は誰か、との議論が続きました。

この件により、送信符号に特徴のある兵隊が特に、その後の通信担当に臆病になったのは事実です。
情報伝達手段として当時は最先端であった無線通信ですが、『地球上の何処かで、交信を盗聴されていることを絶えず意識していなければならない』との教訓でした。


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