ある通信兵のおはなし

通信非常態勢

平成16年3月19日配信
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 司令部における重要会議から帰隊された隊長から緊急集合の命令があり、集合しました。

隊長。

 「本日、司令部に於いて緊急会議があった。その内容と我が隊が取り組むべき事項について伝達する。

内閣では、通信の非常態勢についての閣議決定(昭和20年2月9日)がなされた。
その概要を述べる。

・国家重要通信施設、特に国土防衛通信施設の強化を図るため、重要通信施設の保守維持を強化する。
・非常事態における軍、防衛、治安、運輸、報道等の重要通信を確保するため、各種通信施設の総合利用を実施する。
・通信院に「非常通信本部」を置き、軍官関係機関ならびに民間機関の協力体制を確立する。
・戦時通信業務遂行の為、通信従事要員の徴用を実施し、通信施設の建設維持、復旧に要する資材を確保するにつき格別の措置を講じる。

閣議決定の骨子は以上の通りであるが、これを受けて司令部から次のような指示があった。

・各種通信施設の総合利用について、当隊が参画可能かを早急に検討すること。
・高速無線通信を的確に受信するために、モ−ルス符号を印字受信する装置を配備する。

これらについて、本官は全て反対意見を述べた。

●通信の総合利用について
他の通信部隊と我が隊の性格が大きく相違すること、および総合利用ともなれば使用する無線周波数を公表する必要が生じるが、特に哨戒機との交信波については、軍事機密事項の範疇である。
総合利用を謳うのであれば、先ず、陸海軍の使用周波数を必要な部隊に公表し、陸海軍の現場部隊が即座に交信できる体制をとるべきである。
このことは、今後予想されるであろう陸海軍の協同作戦上、最も重要であると思料される。
因みに、米軍は爆撃機は陸軍、護衛機は海軍機であっても、共通の無線周波数により、作戦遂行に遺漏がないように対処している。
現状のままでは日本軍の共同作戦は不可能に近い。

●高速無線を受信できる装置を配備する点
我が隊は、その必要性はないと勘案する。
なぜなら、英文の符号で分速200字であっても、英文タイプで完全受信が可能である。
従って、配備することについて異論はないが、これを運用する可否については本官の決定に一任していただく。

●閣議決定事項は、もっともな見解を羅列したに過ぎず、現場の実態を知悉していない方々が美辞麗句を並べたものと理解する。

●本官がかねてから力説してきた情報の共有が先決である。
通信の総合態勢強化について現時点で云々するのは、最早、遅きに失している。
大東亜戦争勃発時点において、充分検討されるべき重要事項であった。

以上のとおり本官の見解を述べたが、参謀連中は苦虫をつぶしたような顔をしていた。

しかし、李長官は、

「S中佐の意見は、もっともな見解に基づくものである。
我々が政府に対して意見をする権限はないが、当初、閣議決定事項を読んだとき、諺に「絵に描いた餅」というのがあることを思いだした。

当司令部の統一見解を早急に策定のうえ、軍上層部に対して具申する所存である。」

とのことであった。以上である。」

司令部における軍事会議で、これだけの意見を堂々と力説できる隊長の力量に感服するとともに、益々、畏敬の念を持ちました。

兎角、公の場ではイイカッコをしておきながら、陰で批判をする人が多いものです。
特に旧軍隊は階級が支配する世界であり、自分より上級者が多い席上では、言いたいことの半分も言えない状況であるにもかかわらず、堂々と意見を述べることができるのは、それだけ隊長に自信と確信ならびに熱意があったからだと思いました。

(参考資料)
閣議決定の原文

「通信非常態勢ノ強化ニ関スル件(昭和20年2月9日 閣議決定)

苛烈ナル戦局下軍、防衛、警備、治安、生産、運輸、報道等ノ重要通信(放送ヲ含ム)ヲ重点的ニ確保スルト共ニ空襲其ノ他敵襲等ノ非常事態、特ニ交通杜絶等ノ場合ニ於ケル通信連絡確保ノ絶対要請ニ対応スル為通信非常態勢ノ強化ヲ図ル要緊切ナリ
仍テ左ノ方策ヲ講ズ

一、国家重要通信施設、特ニ国土防衛通信施設ノ強化ヲ図ル為施設ノ重点的施行ヲ徹底スルト共ニ重要通信施設ノ保守維持ノ徹底強化並ニ既設通信施設ノ回収転用ヲ強化ス

二、非常事態ニ於ケル軍、防衛、警備、治安、運輸、報道等重要通信ヲ確保スル為通信疏通ノ順位及配分ヲ適正ナラシムルト共ニ通信利用ノ非常態勢ノ強化並ニ各種通信施設ノ総合利用ヲ実施ス

三、重要通信施設ノ防空施設ヲ急速ニ徹底強化スルト共ニ被害復旧ノ迅速適確ヲ期スル為復旧力ノ充実強化並ニ復旧ノ順位及限度ノ適正ヲ図ル

四、決戦下通信重要施策ノ設定、運用ノ迅速適確ヲ期スルト共ニ非常事態ニ於ケル通信機能発揮ニ遺憾ナカラシムル為通信院ニ非常通信本部ヲ置キ尚左ノ要領ニ依リ軍官関係機関並ニ民間機関ノ協力体制ヲ確立ス

 1、通信院ニ関係官庁及民間関係機関ノ職員ヲ以テ構成スル戦時通信会議ヲ設ケ、戦時重要通信施策ニ関スル事項ヲ審議セシム

 2、通信院地方機関ニ戦時重要通信施策ノ実施ニ必要ナル軍官民協力機関ヲ設ク

五、逓通局及重要通信官署ノ権限ヲ拡大シ其ノ地方自戦体制ヲ強化スルト共ニ之カ運営態勢ヲ刷新強化ス

六、決戦下特ニ敵襲等ノ非常災害時ニ際シ通信業務ノ斉々タル運営ヲ確保スル為、通信従事員ニ対シ厳格ナル戦時服務規律ヲ定ムルト共ニ所要ノ作業面ニ隊組織ヲ編成シ責任体制ノ確立ト指揮命令ノ強力徹底ヲ期ス

七、従事員ノ志気ヲ昂揚シ挺身其ノ職責ヲ完遂セシムル為戦時処遇並ニ勤労管理施設ノ充実ニ付キ必要ナル措置ヲ講ズ

八、戦時通信業務遂行ノ為所要ノ要員、資材ヲ確保スルモノトシ特ニ従事員ニ対スル徴用ノ実施並ニ重要通信施設ノ建設、維持、復旧ニ要スル資材、輸送力ノ確保ニ付キ格別ノ措置ヲ講ズ尚非常事態ニ対応シ民間通信関係機関ノ労力、資材ノ協力体制ヲ確立ス 」【郵政百年史資料 第4巻 郵政省編】


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