九死に一生平成16年2月20日配信 |
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昭和20年4月始め頃からは、米軍の哨戒空域が東京から遥か南600kmにある鳥島付近まで北上していましたので、日本領域の空域でありながら制空権は米軍が掌握していました。 房総沖の索敵哨戒の命令を受け三宅島上空を通過、更に南下を続け須美寿島(北緯31度付近)を過ぎた頃、基地の和訳担当兵から『「敵機発見、攻撃する」との無電を受けた。T曹長機のことかどうかは判明し難いが注意されたい』と通報があり、それまで海上ばかりを哨戒していましたので、慌てて前方の上空を双眼鏡で見ると、青く澄み切った空にポツンと小さな黒点を発見しました。 ズ−ムを一杯にあげると、その姿はやや大きくなりましたが、機の揺れによりブレがひどく、僚機か米軍機かは分かりません。 この空域で我が軍の飛行機が単機で飛行することは先ずないだろう。 とすれば米軍機に違いない。 さきの基地からの通報は、私たちの機を指していたのです。 現在は敵味方識別装置により容易に判断できますが、当時は目視により相手の形状から敵味方の識別を行なっていたのです。 距離は30kmほど離れていましたが、我が方の機をいち早く発見した技量は大したものです。 だんだんと近づいてきました。 双胴型です。 まぎれもなくロッキ−ドP38ライトニングです。 硫黄島の基地から発進した哨戒機でしょう。 最高速度は600km以上、航続距離も4000kmを超え、また、武装も12.7mm機銃が4と20mm機関砲を1門搭載した強敵です。 2機の間隔がおよそ5kmまで接近しましたが、相手は射程外と判断したのか撃ってきません。 T曹長も例によって自分の方からは仕掛けません。 お互いが睨み合いながらの旋回を続けていましたが、曹長は「相手は歴戦の勇士だな、操縦に余裕がある」と、独り言を言っています。 欧州戦線からの転属兵のようです。 いきなり迫ってきて相手の両翼から閃光が見えた瞬間、曹長はあせらず機を横スベリさせて攻撃を回避、急上昇し相手の上に回り込みをかけましたが、敵もさるもの、急旋回でかわされました。 P38と空戦中であることを基地へ通報。 相手の米軍機の交信状況を監視するように依頼しました。 付近にまだ米軍機が飛行していた場合、空戦の応援を要請するかも知れないからです。 曹長はまだ一発も撃っていません。 「曹長殿」と促すように言いますと、「慌てるな、相手の戦術と技量を確かめているのだ」と自信タップリです。 しかしP38は旋回能力がすばやく、また、武装もこちらを凌ぎますので「大丈夫かな」と思っていると、我が方の後ろに回りこんできました。 急上昇して失速反転し相手の上に出たとき、機銃を斉射しましたが、上手くかわされました。 相手も相当な腕前のようです。 やはり、欧州戦線でドイツのメッサ−シュミットと渡り合った経験があるのでしょうか、宙返り攻撃をくわえてきました。 こちらの上からの攻撃かと思うと、下に回り込み撃ってきます。 横すべり回避しましたが、ボスッという音がし、機の何処かに被弾したようです。 しかし、場所がわかりません。 正面から向かってきます。 相手も相当な度胸です。 曹長は直進し右横にスベリながら機首を相手に向け機銃掃射、敵機が突っ込み過ぎてきたため、我が方の左主翼の端がP38の垂直尾翼に激突し、私は衝撃で前につんのめりました。 左翼の端50pほどが吹っ飛び、米軍機の方は双胴の垂直尾翼が吹っ飛んでいます。 ダッチロ−ル状態になりながら懸命に機首をこちらに向けて撃ってきますが、機首が一定しませんので弾着は横にそれて行きます。 曹長が「勝負はこれまでだ」と呟いていましたが、相手はまだ向かってこようと必死でした。 「止めを刺されたいのか」というなり、相手のエンジンを目掛けて機関砲を斉射しますと、P−38は火を噴きました。 「最早これまで」と思ったのでしょうか、脱出し落下傘が開きました。 普通であれば、落下傘で降下中の米兵を攻撃するところですが、曹長がいつも言っている「戦う能力がない者には攻撃しない」との意思から、降下している米兵の周りを旋回していると、こちらの意図を理解したのか、「挙手」の敬礼をしていました。 基地へ状況を連絡「これより帰投する、現座標○○」と、通報していると、曹長から「ガソリン臭い点検しろ」と言われ、天蓋を開けてよく見ると胴体の下から霧のようになった燃料が流失しています。 幸いにも出火していませんが、このままの状態での帰投は難しそうです。 空戦中の「ボスッ」という音は燃料タンクに被弾した音だったのです。 私が座っている後部座席の下がタンクです。 「貴様の座席周辺をよく点検しろ。床に穴が開いていると燃料の流失は速い」と言われて、なるほどと思いながら床をくまなく点検すると、穴が開いています。 が、肝心の弾が見つかりません。 不思議に想い、念のため尻に敷いている落下傘をみると、指3本ぐらい入る穴が開いています。 寒気がしました。 落下傘のなかから先が潰れた12.7mm機銃の弾が出てきました。 防弾チョッキは知っていますが、防弾落下傘に救われました。 燃料タンクは頑丈ですから弾の速度を急激に落とす効果があったことと、落下傘(シルク製)のお陰で命びろいをしました。 ところが、燃料が持つかどうか。 ギリギリ間に合いそうですが油断できません。 房総半島の野島崎灯台が前方に見えたとき、「基地まで約100kmであります」と曹長に告げましたが、ホットしたのか全身がだるく感じられます。 日頃弱音を吐いたことがない曹長が「100kmか、1000kmにも感じられるナ」とポツリと呟いていました。 曹長の「よし、なにがなんでも無事に帰投するから安心しろ」の力強い一言で、私も勇気づけられました。 「何事も最後まであきらめないのが男だ。高度をあげる」と、上昇限度ギリギリまで上昇しました。 これは出来る限り足を伸ばすための苦肉の策です。 基地の滑走路が見えてきました。 被弾し燃料流失状態を連絡していましたので、緊急時に備えて消火班が待機しているのが見えます。 整備班長から聞いたのですが、残燃料は僅か10リッタ−ぐらいとのことでした。 「脱出した米兵はどうなったか」と、敵ながらアッパレな戦闘機乗りのことを思い出していました。
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