ある通信兵のおはなし

誤射

平成15年4月14日配信
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 20年の春真っ盛りの頃、桜の花が競い合って咲き誇っていましたが、戦局はますます厳しく、全国の主要な都市は殆どB−29の焼夷弾による絨毯爆撃で焦土と化していました。

 索敵行動が終わり、帰投の途中つらつら考えたのですが、索敵とは敵に対する攻撃にあたって敵の布陣および戦力などをつぶさに偵察することであって、戦略を構築する前提条件でもあります。

 しかし、残念ながらわたし達の索敵行動は、攻めるためのものではなく、守勢一方の敵状偵察だったのです。

 定時索敵を終わり、「これより帰投する」と通報したのち。

「房総付近の防空体制を観察し、今後の参考とする」と、高度1000mで「沖の島」上空にさしかかったとき、突然、曹長が「日の丸が見えんのか!」

めったに激情することのない曹長が大きな声で怒鳴りました。下から撃ってきたのです。
 
 過日、渥美半島で○○軍曹機が友軍の攻撃を受けたときは、夜間でしかもB−29を追尾していた関係でやむを得ない事情がありましたが、今日は晴天しかも昼間ですから、倍率の低い双眼鏡でも「日の丸」は確認できる筈です。
 
高度を100mまで落とし、双眼鏡で観ると二連装の機関砲で30mmはあるでしょう。エンジンに一発くらえば、即、エンジン停止です。

「超低空で飛行するから、写真撮影をしておけ」

旋回して50mまで高度を下げ上空を通過するときに、カメラを通して見えたのは、砲の傍で軍刀を振りかざしている将校らしい姿。

友軍機とわかったので、証拠隠滅を図るため、なにがなんでも撃墜しょうと思ったのでしょう。

「軍用機は状況を瞬時に基地へ報告することぐらいは、会得しておけ」と、言いたい気分でした。

こんなド新米の将校に指揮されている兵士はミジメとしか言いようがありません。

 冷静そのものの相棒であったから幸いしましたが、気の短い人であれば、こちらの37m機関砲と20m機銃の一斉射撃をお見舞いするところです。

 基地へ対してA3(無線電話)で「友軍から砲撃を受ける。場所、房総沖ノ島、機の損傷はなし」と、連絡。2.3分後「通信室長から隊長に報告、即、司令部へ報告した」と返電が入りました。

今回の件は、ウヤムヤには済まされない雰囲気となりました。

 帰投後、写真係が早速現像しましたが、見習士官(襟章の横に白く光るものが写っています、これは、座金といって星型の金属製で任官する前の徽章です)が軍刀を振りかざして、口を大きく開けていました。

おそらく、「撃て、撃て」と連呼していたのでしょう。

 曹長と私が、写真と地図を持参して隊長にことの次第を報告しましたが、その際、

・通常は燃料の消費量を考えて約5000mで飛行するのですが、友軍の誤射を避けるため、1000mで飛行中に攻撃を受けたこと。(双眼鏡ではこの高度でも充分日の丸は確認できます)

・また、敵機であれば単機で、しかも低空飛行で北上することは、あり得ないこと。

・高度100mで裸眼でも充分に日の丸が確認できているにもかかわらず、射撃を止めなかったこと。

・等々を勘案すると、友軍機であることを指揮官は知っていながら、攻撃命令を出したと判断されること。

・はじめに敵機と判断し射撃命令をくだしたが、途中、友軍機と判明後も射撃を継続したのは、明らかに、誤って攻撃を命令したことを隠蔽することを目的とした、故意による射撃であると思料されること。

と相棒の曹長は、理路整然と報告しました。

隊長は「軍律の弛緩である。司令官に直接会って意見の具申を行う」

 あとで聞いたはなしですが、司令官の「李 中将」が陸軍大臣に会い、私が撮影した写真を示して善処を要望したそうですが、常日ごろ温厚な司令官もこのときはひどく立腹の様子であったそうです。

 皇族の身分である「李 中将」の直談判ですから、「今後、再発防止に努める」で収めることは不可能だったようです。

 軍事裁判となりました。一番の理由は「裸眼でも確認可能な状況において、なお、攻撃を継続したことは、軍規に照らして酌量の余地がない」

二つ目の理由としては、「誤射を隠蔽するために撃墜を画策したことは、許されることではない」ということでした。

 軍事裁判の判決は、「軍規を乱す悪辣な行為であり、情状酌量の余地なし」とのことで「銃殺刑」でしたが、表向きは「戦死」として処理されたそうです。

 この事件の教訓として、「自己保身」「自己の経歴に傷がつき、昇進の妨げになることを恐れた」ことなどがあると思われます。
 
 旧軍隊の恥部を書くことに対して正直躊躇しましたが、娑婆でも通用することでもあると考え、敢えて「はなし」として投稿しました。

因みに、誤射を受けた「沖ノ島」の直ぐ近くに現在は、海上自衛隊館山航空基地がありますが、番地がついていなくて無番地となっているのが面白いです。


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