ある通信兵のおはなし

行方不明

平成15年3月17日配信
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 桜前線が北上し、染井吉野のつぼみが膨らむころ、搭乗員集合の命令で集まりました。

命令は「敵機動部隊が硫黄島付近を北上中とのことであるが、わが隊は、その規模および方位を索敵せよとの司令部からの命令である」

「○○軍曹機が単機で出撃せよ。なお、十分に知悉しているとは思うが、決して深追いはするな。状況を確認のうえ、連絡が終われば速やかに回避し帰投せよ」

「○○曹長機は、状況の推移を見て出撃を命じるから、待機せよ」

今回は待機でした。

 わたしは、この「待機」が一番苦手なのです。
僚機の索敵結果により第二陣の出撃になるのですが、待っている間の焦燥感が嫌いでした。

僚機が離陸後すぐ通信室へ飛んで行き、受信符号をスピ−カ−にだしてもらうように室長に頼みました。

敵機動部隊と遭遇するまでの待ち時間が長いことと、運良く発見できればいいのですが、あらぬ方向を哨戒していて、燃料不足になるおそれがあるからです。

いままでなんどか○○軍曹機と行動を共にしてきましたが、敵艦を発見すると、艦種を確認するために、いきなり急降下するキライがありました。

隊長が「深追いするな」という意味がわかりました。

 敵艦は対空火器として、わたし達も警戒していた「ポムポム砲」を搭載していて、射程内では友軍機は殆ど餌食となり、特攻機も例外ではありませんでした。

この「ポムポム砲」は40mの対空機関砲の水平4連装が上下二段に重ねられ、上下交互に斉射をかけることができ、また、発射速度と弾幕密度を確保する強力な機関砲です。
したがって、2.3発も当たれば万事窮すでした。

 僚機からの無線連絡をいまや遅しと待ち受けていたとき、相棒の曹長が入ってきて、

「貴様、必要な準備は全部整えたのか」
「いいえ、まだであります」
「バカ者、僚機の状態を案じる気持ちはわかるが、われわれは直ぐに出撃できる準備を整えて命令を待つことが任務である」

「気象情報は?暗号乱数表は?無線機の水晶片は?使用周波数の確認は?」等々、矢継ぎ早やに問いただされ、勇み足の自分が恥ずかしくなりました。

10才の年の差とともに、経験の差を思い知らされました。

曹長が「この際、貴様に言って聞かせておきたいことがある。待機室へ来い」

おそるおそる、ついて行きました。

「われわれの行動範囲は、すべて洋上である。したがって、撃墜され運良く命があっても、最低で3日間は救助してもらえないと覚悟しておけ」

「洋上での生き延び方を教えるからよく聞け」

・絶対に海の水は飲むな、一日ぐらいたつと、眠くなるが眠ったら、死ぬと思え。

・体をバタバタせずに浮いていろ、喉が乾いてどうしょうもないときは、自分の小便を飲め。日ごろから、飲む姿勢を練習しておけ。安易に考えていると失敗する。

・海の中で恐ろしいのは「鮫」である。ただ、「鮫」は自分より大きいものは襲わない習性があるから、褌をはずして体に添わして流せ。

・飛び出すときは尾翼に当たらないように思い切り飛べ。航空糧食の持ち出しを忘れるな。

・一番大事なことは、最後まで『助かる』と信じることだ。決してアキラメルな。 

・駄目だと思ったときは、死が待っている。

曹長は、南方海上で撃墜されたとき、丸5日間海中を漂い、運良く潜水艦に救助された経験がありましたので、その教えは真に迫っていました。

無線機の前で僚機からの通報を待ちました。

時間は刻々と経過しますが、連絡はありません。

通信軍曹が「呼び出してみろ」。

曹長が「ちょっとまて。こちらの動向を敵に知られるおそれがある。英文はともかく和文の超高速でのモ−ルスは受けられないだろう。○○伍長、貴様120字ぐらいは打てるだろう。試しに呼んでみろ」

ハリキッて、「◎◎◎◎   DE(こちらは)  ◇◇◇◇ 現在の位置と状況を応答せよ」
           

精一杯の速度で送りました。

「ただいま座標○○を南下中なれど、雲多し。高度7000m 敵艦隊はまだ捕捉できず」

曹長が「○○軍曹は、また低空飛行で哨戒するだろう。しかし、危ないな」

曹長は、なにか悪い予感を感じたようでした。

「見えた。高度を落とす」

「敵、機動部隊発見。空母2隻、その他駆逐艦2隻、艦種不明3隻。潜水艦3隻は潜望鏡深度。座標○○、方位○○ 進行中」

「撃ってきた。回避する」

しばらくの間、無言でした。

5分、10分経過しても「ただいまより、帰投する」との連絡が入りません。

時間は刻々とすぎて行きます。

敵艦発見の第一報を発信してきた位置から判断すると、東経○○度、北緯○○度の座標○○の位置であることがわかりましたが、状況がまったくわかりません。

 しばらくして、長波で「短波無線機被弾。補助翼が被弾のため、制御不能。火は出ていないが、燃料流失。搭乗員は無事」と入りましたが、位置を告げる前に音声が切れました。長波の無線機も駄目になったようです。

このままだと、海に落ちるしかありません。

急を聞きつけ、隊長が通信室へ駆けつけてきました。

「房総沖何Kmの位置か。わかれば救難艇を要請する。位置はどこだ」

司令部を通じて救助の要請をしました。
しかし、長波で呼びかけても応答がありません。

既に、墜落したかも知れません。

曹長が「自分が捜索にあたります」と言いましたが、隊長は「よし」とは言いません。

「貴様は次の任務がある。待機せよ」

 状況がわからず、いたずらに時間が経過して行くのは一番ツライです。海上へ落下傘で降下した位置でも憶測できればよいのですが「黒潮」の真っ只中かも知れません。

「黒潮」は、四国、紀伊半島、東海地方の太平洋沿岸を流れ、伊豆半島の御蔵島と八丈島の間を通過した後、房総半島の犬吠崎沖で東に転じますが、幅は50Km〜100Kmもあり、しかも、時速約13Kmにも達する激流です。

比較的水温が高いため、水中で凍死することはないだろうと思いますが、体力がもつかどうか、また、グラマンにでも発見されると機銃掃射の懸念があります。
 
考えれば考えるほど、悪条件の状況しか浮かんできませんでした。

丸二日たちましたが、依然として行方はわかりません。

隊に重苦しい空気が流れるのを感じていました。
 
突然、隊長自身から全員集合の号令。これは、ただごとではないと、内心ドキドキでした。

「犬吠崎沖○○Kmを黒潮の潮流にそって捜索していたところ、本日○○時、○○軍曹、○○兵長の両名を発見救助した。両名は負傷しておらず元気であるが、念のため陸軍病院で診察を受けるため、ただいま、東京へ移送中である」

「本人たちからの連絡によれば、敵艦の高射機関砲の攻撃を受け、無線機損傷、尾翼欠落、補助翼損傷により操縦不能、燃料流失とのことであるが、搭乗員に負傷者がなかったのは奇跡である」

「この際、言い聞かせるが、この世に『運』は存在しない。強いて言うならば、いかなる場合といえども冷静沈着に行動できる者が、『運』が強いのである」

「皆ご苦労であった」

隊長は、徹宵を重ねて救助部隊との連絡をしていたそうですが、部下を思いやる気持ちがヒシヒシと伝わってきました。



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