ある通信兵のおはなし

マニラ会談の交信

平成17年5月20日配信
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【第128話】〜マニラ会談の交信〜 

 無条件降伏遂行のための、諸請求を受諾するマニラ会談に関するマニラとの無線交信は、海軍大和田通信隊および第一航空軍司令部通信班が日本側を代表して送受信を行なうことが決定され、私たち通信班の陣容も整い、いつでも交信可能な状態で待機していました。

マニラにおける会談は昭和20年8月19・20日の両日に亘って開催されましたが、連合軍側から指定された周波数および通信時間帯が大本営から通告がありました。

日本とマニラの時差は一時間ですから、日本標準時間からマイナス一時間がマニラの時間です。

交信に際して混信、雑音、フェーディング(音の強弱)の有無を調査するためにマニラ無線局を呼び出し、「通信感度などを調整する必要あり。V符号を連送されたし。(QSV)」に対して。

「OK」。 V符号の連送が始まりました。

暫くしてから「ブー」という嫌な音がするので、受信機の故障かと思い、隣の席で受信していた杉本上等兵に「変な信号が入っていないか」と、尋ねますと。

「やはり同じような雑音が入ってくる」とのこと。

技術担当の徳本一等兵が、オシロスコープで波形を分析しました。
徳本一等兵曰く。

「これは、単なる雑音ではなく妨害電波であります。
早速、方向探知機でどの方向からの妨害電波か調べます」

「これから大事な通信をするにあたって、妨害とは、なんだ!」と、班長の森田大尉は、カンカンでしたが、犯人が特定できないことが一番もどかしく、私も少々イラつき気味でした。

徳本一等兵が方向探知機で電波の発信源を調査した結果の報告がありましたが、一台の探知機ではほぼ正確な場所を特定することは困難です。

最低は二台の探知機でないと駄目ですが、概ねの方角が分かりました。

日本の標準時間の経度は、兵庫県明石の東経135度です。
その経度から判断すると、西の方角であるとのことです。
しかし経度だけでなく緯度がわからなければ距離を測定することはできません。

探知機が一台では、緯度まで特定することは不可能でした。

急を聞きつけて、須原中佐が駆けつけてきました。
中佐は暫くの間考えていましたが。

「本官の類推では、妨害電波の発信源は、ウラジオストックであると思われる。
その理由は「終戦の詔勅」が発布された後も、ソ連が南樺太および千島列島に侵攻してきているためである。目的は北海道全域の占領にある。

従って、マニラ会談の進捗状況を少しでも、遅らせようとする魂胆である。
妨害電波を少しでも緩和させる方法はないか。」

徳本一等兵。

「電波の出力はかなり大きく、そのバンドも広いですが、若干、規定の周波数よりマイナス波長は微かに受信可能であります。

受信機のバリコンで0.1mmほど、規定よりずらしてください。

妨害電波の発射出力は100KWぐらいあるでしょう」とのことですが、0.1mmとは厳しい限りです。

当時のNHK第一放送(JOAK)の送信出力は10KWでしたから、大出力の電波であることが想像できます。

マニラ会談は、8月19日の夜と翌朝の2回にわたって、マッカーサー司令部で行なわれましたが、連合国側の要求事項の概略は次ぎのとおりでした。

1. 8月23日 先遣隊が厚木飛行場に進駐。
1. 8月26日 マッカーサー司令官と空輸部隊が厚木に進駐。
1. 8月28日 東京湾内の米軍艦上において、降伏文書の調印。

でありましたが。

8月16日から。

海軍厚木基地の第302航空隊(司令:小園安名大佐)は、海軍の各部隊に対し「徹底抗戦」の緊急電報を発信するとともに、「国民諸氏に告ぐ」の檄文ビラを、零戦は首都圏、月光は関東・東北、彩雲は中部、銀河は北海道・中国・四国の各地に上空から撒布しました。
横須賀鎮守府がこれを鎮圧しようとしましたが、断固として応じなかったそうです。

このような情勢下で、連合軍側の進駐日程計画を実行すれば、不測の事態を招くことが懸念されるため、日本側は余裕を求めました。

厚木基地の小園司令は、連合軍の命令により、8月21日、憲兵により強制連行され、海軍の病院に監禁となりました。

これに納得ができない士官、下士官、兵たちは、「降伏否定」を一層鮮明にし零戦・彗星・彩雲など計32機が厚木から脱出し、陸軍狭山飛行場、陸軍児玉飛行場へと飛び立ちましたが、翌日には厚木に連れ戻されました。

この騒擾事件の結末は、昭和20年10月15・16日に巣鴨拘置所での厚木航空隊騒擾事件の臨時軍法会議の公判で、小園司令は海軍刑法(明治41年法律第48号・(注)を参照)の党与抗命罪により、無期禁固となり、厚木脱出者に対しては、下士官、兵には執行猶予がつきましたたが、士官は禁固刑が確定しました。

(注)海軍刑法(抜粋)
 第一章 叛乱ノ罪
第二十条 党ヲ結ヒ兵器ヲ執リ反乱ヲ為シタル者ハ左ノ区別ニ従テ処断ス
 一 首魁ハ死刑ニ処ス
 二 謀議ニ参与シ又ハ群衆ノ指揮ヲ為シタル者ハ死刑、無期若ハ五年以上ノ
   懲役又ハ禁錮ニ処シ其ノ他諸般ノ職務ニ従事シタル者ハ三年以上ノ有期
   ノ懲役又ハ禁錮ニ処ス
 三 附和随行シタル者ハ五年以下ノ懲役又ハ禁錮ニ処ス

マニラとの、交信状況の概要。

◆20年8月18日 連合軍最高司令部発 大本営宛

 帝国大本営ハ茲ニ勅命二依り且勅命二基ク一切ノ日本國軍隊ノ職合國最高司
令官二対スル降伏ノ結果トシテ日本國内及國外二在ル一切ノ指揮官二対シ其ノ
指揮下二在ル日本國日本國軍隊及日本國ノ支配下二在ル軍隊ヲシテ敵対行為ヲ
直二終止シ其ノ武器ヲ措キ現位置二留リ且左二指名セラレ又ハ聯合國最高司令
官二依リ追テ指示セラルルコトアルヘキ合衆國、中華民國、聯合王國及「ソヴ
ィエト」社会主義共和國聯邦ノ名二於テ行動スル各指揮官二対シ無條件降伏ヲ
為サシムヘキコトヲ命ス
 指示セラレタル指揮官又ハ其ノ指名シタル代表者二対シテハ即刻連絡スヘキ
モノトス
 但シ細目二関シテハ聯合國最高司令官二依リ変更ノ行ハルルコトアルヘク右
指揮官又ハ代表者ノ命令ハ完全二且即時実行セラルヘキモノトス。

   (中略)

1.日本國大本営ハ更二日本國國内及國外ニ在ル其ノ指揮官二対シ何レノ位置ニ
在ルヲ問ハス一切ノ日本國軍隊又ハ日本國ノ支配下二在ル軍隊ヲ完全二武装解
除シ且前記聯合國指揮官二依リ指定セラルル時期及場所二於テ一切ノ兵器及装
備ヲ現状ノママ且安全ニシテ良好ナル状態二於テ引痩スヘキコトヲ命ス追テ指
示アル迄日本國本土内二在ル日本國警察機関ハ本武装解除規定ノ適用ヲ免ルル
モノトス警察機関ハ其ノ部署二留ルモノトシテ法及秩序ノ維持二付其ノ責二任
スヘシ右警察機関ノ人員及武器ハ規定セラルルモノトス

2.日本國大本営ハ聯合國最高司令官二対シ本命令受領ノ後遅滞ナク日本國及日
本國ノ支配下二在ル一切ノ地域ニオケル左ノ諸点ニ関スル完全ナル情報ヲ提供
スヘシ。
(イ)一切ノ陸上、海上、航空及防空部隊ノ位置及将兵ノ数ヲ示ス表。
(ロ)一切ノ陸軍、海軍及非軍用航空機ノ数、型式、位置及其ノ状態二関シ完
   全ナル情報ヲ与フル表。
(ハ)日本國ノ及日本国ノ支配スル一切ノ水上及潜水海軍艦艇並ニ補助海軍艦
   艇ニシテ就役中ノモノ又ハ就役中二非サルモノ及建造中ノモノノ位置、
   状態及運行ヲ示ス表。
(ニ)日本國ノ及日本国ノ支配スル一切ノ総噸数百噸数百噸ヲ超ユル商船(嘗
   テ聯合國ノ何レカニ属シ現ニ日本國ノ権内二在ルモノヲ含ム)ニシテ就
   役中ノモノ又ハ就役中ニ非サルモノ及建造中ノモノノ位位置、状態及運
   行ヲ示ス表。
(ホ)一切ノ機雷、機雷原其ノ他ノ陸上、海上又ハ空中ノ行動二封スル障害物
   ノ位置及施設状況並ニ右二関聯スル安全通路二関スル完全且詳細ナル地
   図附情報。
(へ)飛行場、水上機基地、対空防備施設、港、海軍基地、物資貯蔵所、常設
   及仮設ノ陸上及沿岸防備施設、要塞其ノ他ノ防備地域ヲ含ム一切ノ軍事
   施設及建造物ノ位置及説明。

   (以下略)


◆8月19日 大本営発 連合軍最高司令部宛

 全権一行の飛行機(複数)は本19日午前7時18分木更津飛行場を出発せり。

◆8月20日 連合軍最高司令部発 大本営宛

 日本国政府代表は8月19日17時54分(「マニラ」時間)「マニラ」に到着せり。
    (注)日本時間 18時54分

◆8月20日 連合軍最高司令部発 大本営宛 (18:20受信)
   
 日本政府代表(複数)は8月20日13時03分「マニラ」より日本に向って出発せ
 るが8月20日18時30分頃伊江島を出発し8月20日23時30分頃木更津到着の予定
 なり。
     
◆8月23日 大本営発 連合軍最高司令部宛 

 厚木飛行場は22日夕刻よりの降雨により現在のところ滑走路に対する双発爆
 撃機又は双発輸送機の着陸可能なるも滑走路以外の飛行場内は車輪めり込み
 地上滑走困難なり為念。

◆8月24日 大本営発 連合軍最高司令部宛

 日本は8月22日夕刻より23日朝にわたる強烈なる台風のため関東地方における
 通信輸送機関に相当の損害あり、貴司令部の要求になる先遣隊の進駐準備は我
 々の最善の努力にも拘らず若干の困難に遭遇しっつある事を報告する必要を感
 じ居れり。

◆8月25日 大本営発 連合軍最高司令部宛

 1945年8月26日午前9時ころ厚木飛行場に着陸すべき合衆国制定標識を付した
 る航空機約48機にて輸送せらるる約150名よりなる先遣隊の安導に関しては、
 これを保障す、なお着陸すべき滑走路の中央付近には吹流を掲揚しこれを標
 示す。

◆8月25日 連合軍最高司令部発 大本営宛 至急

 8月20日「マニラ」に於て日本国代表に対し提出せられたる「連合国最高司
 合官要求」及びそれ以後に定められたる全日程は48時間延期せらるべし、繰
 返す48時間延期せらるべし、回答を待つ。

◆8月25日 大本営発 連合軍最高司令部宛

 悪天候のため年8月20日「マニラ」において日本国代表に提示せられたる
 「連合軍最高司令官要求」中において8月26日及びその後に定められたる全
 日程は48時問延期せらるべしとの8月25日至急電了承す。

以上、マニラとの交信内容の一部をご紹介しましたが、妨害電波の中から目指
す信号に全神経を集中して受信しましたので、普通の通信の2、3倍疲れました。


■マニラの連合軍司令部との交信文の詳細については、失念部分が多々あるため
  外務省編『日本外交年表並主要文書』原書房を参考。


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