ある通信兵のおはなし

8月15日のク−デタ−

平成17年4月15日配信
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【第123話】〜8月15日のク−デタ−〜

 日本が「ポツダム宣言」の無条件降伏を呑むかどうかの決断に関する御前会議が開かれました。
「遂に昭和20年8月14日の正午、聖断が降りる!!」との通報が、司令部から電話で当日の午後1時ごろに通報されてきました。

遂に「きたるべきものが来た」と痛感しましたが、今後における「国体の護持」「天皇制の存続」については、連合国側に対して確たる取り付けも無いままでした。

通報内容の追記の形で、第一航空軍隷下の通信部隊の統括責任者であった須原中佐からの「終戦に関する通信隊の取り組む姿勢について」の付記がありました。これは、李司令官の指示であったそうです。

内容は

「1.海軍の某戦闘戦隊で、徹底抗戦をとなえる少壮組の士官たちが、特攻生
  き残りを煽動しているとの情報が入った。
  これについては、詳細を極秘に詮索中であるが、四国松山の海軍第243戦
  隊において密かに反抗に同調する将兵は約200名いるそうだ。
  また、首都防衛部隊に所属する木更津戦隊にも動きがあることを察知した
  が、木更津が蜂起すれば、館山にも飛び火するであろう。

2.以上の海軍の徹底抗戦派の動きしだいでは、陸軍航空軍の各戦隊において
  も、不穏な動きがあるかも知れない。

3.航空部隊の各戦隊が所在する位置は、各地にあり、ク−デタ―を起こそう
  としても、その情報連絡体制は極めて困難であり決起の呼びかけをまとめ
  ることは容易でないことを知って、我が通信隊の全面強力を、8月13日の夕
  刻、近衛師団の知り合いから求めてきた。本官はこのことに安易に応じる
  立場でないことを充分自覚している。先が見えない戦闘を続けることは、
  さらに一般民間人を殺す結果となることは、さきの沖縄戦の敗北から推測
  しても絶対的に避けては通ることができない苦難の道である。

  近衛部隊の将校としては、「死に際をキレイ」にしたい気持ちは、充分承
  知できるが、戦うばかりが能じゃない。これからの日本を我々が再建し世
  界にたいして復帰ができるように頑張ることが、我々に課せられた最大の
  任務である。

  これらのことを充分に踏まえて、徹底抗戦に頭が凝り固まっている彼らの
  行動に同調することは避けよ。と、諌めた。
    
4.ク−デタ−に同調し決起するほうが楽である。
  潔ぎよく敗北を認め、粛々と終戦処理にあたるのが「真の勇気」であるこ
  とを、森田隊長以下全員が自覚することを望む。」

この通告文は、仙台の青葉城の武士の流れをくむ須原中佐としては、もっともな英断であると思いました。

因みに、近衛部隊の兵士に選ばれるということは、軍人としてこの上もない栄誉なことであり、全国の陸軍兵士から選抜されました。

現在では「差別」であるとして非難の的になりますが、当時の近衛部隊兵士の選抜には数々の障壁があり、例えば、「士族」であって、身内に「思想犯により検挙された者がいないこと、その他、容姿身長にも制約がありました。中でも、観閲式の際に「天皇旗」を持つ兵士は、最高の栄誉でありました。

しかし、アメリカ軍相手の戦闘に果たして通用するのか、懸念されました。

「明日にも九十九里浜に連合軍が上陸してくる」
「東京が沖縄と同様に戦場と化す」

との流言が無線通信を通じて飛び交いました。

その中の情報として、敗戦のショックで放心状態となった兵隊、および、肩で風をきっていた憲兵が、脅えて集団逃亡するというものもありました。
軍規弛緩による混乱とパニックが14日の深夜から15日の朝にかけて、各地の部隊で発生したという内容もありました。

「8.15ク−デタ−」を計画した将校たちもこの噂を信じていました。
アメリカ軍の「強襲揚陸部隊」は強力な機動部隊を背景として、極めて近い将来、本土上陸作戦を展開するであろう。上陸してきた米軍を海岸に引き付け、大打撃を与えることにより、無条件降伏を緩和させることができる、と彼らは本気で考えていました。

どのようにして混乱状態を最小限に止めるかが、陸軍の頂点にあった阿南陸軍大臣の最大の決断事項でありました。

阿南陸軍大臣は大臣室に若手将校ら約20名のク−デタ−派を集めて、

「即時終戦のご聖断が下がった、力及ばず諸君の信頼に副えることができなかったことをお詫びする」
「陛下が、涙を流しながら『阿南よ、お前たちの気持ちはよくわかる、苦しいであろうが、我慢してくれ、国体のことは大丈夫であると、朕は確信するからお前もそう思ってもらいたい』と仰せられた。
「若し諸君の中で、これでも納得いかぬというなら、『まず、この阿南を斬ってからやれ』」

と激しい口調で言われたそうです。

(参考図書 日本工業新聞社刊 「大東亜戦争の精神と宮城事件」西尾雅、岩田正孝著)

阿南陸軍大臣が、8月14日の深夜、「一死以って大罪を謝し奉る」との遺書を残して割腹し自決した報が、全軍に伝えられたことにより、「徹底抗戦」と「戦争継続」を唱える主張はピタリとやみ、敗戦の現実を受け入れる劇的効果を上げることができました。
(参考図書「一死、大罪を謝す」新潮社刊 角田房子著)

8月15日の正午、天皇は「終戦の詔勅」をラジオで全国民に対して放送されました。
(全文を【参考】として以下に掲載しています。[おき軍事])

その日の午後、東京湾に進入してきたアメリカ機動部隊から発進した、グラマン戦闘機が多数、東京上空を我が物顔に低空飛行するのを見ましたが、その中に我が軍の戦闘機も入り乱れ、一触即発の様相でしたが、どちらも仕掛けることはありませんでした。
一時は入り乱れての空戦にもなりかねない雰囲気でした。

森田隊長から、

「いよいよ、来るべき時がきた。
今後、日本軍人として、恥ずかしくない行動をとってもらいたい。
他の某部隊では逃亡者が出ているそうであるが、俺は貴様たちに全幅の信頼を置いている。」

「当番通信兵以外は、来るべき命令に備えて身辺整理をしておくこと。」

「なお、暗号書などの機密事項関係書類は完全に焼却すること。
無線機は司令部の命令があるまで運用することとするが、あとに交信記録が残らないよう、貴様たちの頭の中に保管せよ。
後でその電文内容を報告せよ」

不思議に敗北感から呆然とすることはありませんでした。
むしろ、「我々として出来る限りの任務遂行に努めた」という充足感、達成感を感じていました。


(teruteruさま)

【参考】--終戦の詔勅(玉音放送 )--
[http://www.shuryosha.net/gyokuon.html より転載]

「朕深く世界の大勢と帝国の現状とに鑑み、非常の措置を以て時局を収拾せむ
と欲し、茲に忠良なる爾臣民に告ぐ。

朕は帝国政府をして米英支蘇四国に対し、其の共同宣言を受諾する旨、通告せ
しめたり。

抑々、帝国臣民の康寧を図り万邦共栄の楽を偕にするは、皇祖皇宗の遺範にし
て朕の拳々措かざる所、曩に米英二国に宣戦せる所以も、亦実に帝国の自存と
東亜の安定とを庶幾するに出て他国の主権を排し、領土を侵すが如きは固より
朕が志にあらず。然るに交戦已に四歳を閲し朕が陸海将兵の勇戦、朕が百僚有
司の励精、朕が一億衆庶の奉公各々最善を尽くせるに拘らず、戦局必ずしも好
転せず。世界の大勢、亦我に利あらず、加之敵は新に残虐なる爆弾を使用して
頻りに無辜を殺傷し惨害の及ぶ所、真に測るべからざるに至る。而も尚、交戦
を継続せむか、終に我が民族の滅亡を招来するのみならず、延て人類の文明を
も破却すべし。斯の如くむば、朕何を以てか億兆の赤子を保し皇祖皇宗の神霊
に謝せむや。是れ、朕が帝国政府をして共同宣言に応せしむるに至れる所以な
り。
 朕は帝国と共に終始東亜の解放に協力せる諸盟邦に対し、遺憾の意を表せざ
るを得ず。帝国臣民にして戦陣に死し、職域に殉し、非命に斃れたる者、及び
其の遺族に想を致せば五内為に裂く。且、戦傷を負ひ、災禍を蒙り家業を失ひ
たる者の厚生に至りては、朕の深く軫念する所なり。惟ふに今後、帝国の受く
べき苦難は固より尋常にあらず。爾臣民の衷情も、朕善く之を知る。然れども、
朕は時運の趨く所、堪へ難きを堪へ、忍ひ難きを忍ひ、以て万世の為に太平を
開かむと欲す。

 朕は茲に国体を護持し得て、忠良なる爾臣民の赤誠に信倚し、常に爾臣民と
共に在り。若し夫れ、情の激する所、濫に事端を滋くし、或は同胞排擠互に時
局を乱り為に大道を誤り、信義を世界に失ふが如きは、朕最も之を戒む。宜し
く挙国一家子孫相伝へ、確く神州の不滅を信じ、任重くして道遠きを念ひ、総
力を将来の建設に傾け、道義を篤くし志操を鞏くし誓って国体の精華を発揚し、
世界の進運に後れざらむことを期すべし。爾臣民其れ克く朕が意を体せよ。

御名御璽昭和二十年八月十四日

(現代語訳)

 私は深く世界の大勢と日本の現状について考え、非常の手段によってこの事
態を収拾しようと思い、忠義で善良な国民に通告する。
 私は日本政府に米国、英国、中国、ソ連に対してポツダム宣言を受け入れる
ことを通告させた。

 そもそも日本国民の安全を確保し世界の国々とともに栄えることを喜びとす
ることは、先祖から行ってきたことであって、私もそのように努力してきた。
先に、米国・英国に宣戦布告した理由も、日本の政治的・経済的自立と東亜の
安定を願ってのものであって、他国の主権を侵害したり、領土を侵犯したりす
るようなことは、もちろん私の意志ではない。しかしながら、四年間の戦争で、
われわれ陸海軍将兵の勇敢な戦闘や、官僚・公務員の勤勉、一億国民の努力、
それぞれ最善を尽くしたにもかかわらず、戦争における状況は芳しくなく、世
界の情勢も我々には不利に働いている。それだけではない。敵は、新たに残虐
な爆弾(原子爆弾)を使用して、何の罪もない非戦闘員を多く殺傷し、その被
害はまったく図り知れない。それでもなお戦争を継続すれば、最終的には日本
民族の滅亡を招き、そうして人類文明も破壊されることになってしまうだろう。
このような事態になったとしたら、私はどうしてわが子とも言える多くの国民
を保ち、先祖の霊に謝罪することができるだろうか。これこそが政府にポツダ
ム宣言に応じるよう命令した理由である。

 私は日本とともに終始、東亜の植民地解放に協力した友好国に対して、遺憾
の意を表せざるを得ない。日本国民で戦場で没し、職場で殉職し、悲惨な最期
を遂げた者、またその遺族のことを考えると体中が引き裂かれる思いがする。
さらに戦場で負傷し、戦禍にあい、家や職場を失った者の厚生については、私
が深く心配するところである。思うに、これから日本の受けるであろう苦難は、
いうまでもなく大変なものになる。国民の負けたくないという気持ちも私はよ
く知っている。しかし、私はこれから耐え難いことを耐え、忍び難いことを忍
んで将来のために平和を実現しようと思う。

 私は、ここに国体(天皇制)を守り通して、忠義で善良な国民の真心を信頼
し、いつも国民とともにある。もし、感情的になって争い事をしたり、国民同
士がいがみあって、国家を混乱に陥らせて世界から信用を失うようになること
を私は強く懸念している。
 国民よ、どうか団結して子孫ともども固く、神国日本の不滅を信じ、道は遠
いが責任の重大さを自覚し、総力を将来の建設のために傾け、道義心や志操を
固くして、日本の栄光を再び輝かせるよう、世界の動きに遅れないように努力
しなければならない。あなた方国民はどうか私の気持ちを酌んで理解してほし
い。

 天皇の署名と印璽(ぎょめいぎょじ) 昭和二十年八月十四日」

音声は http://okigunnji.com/gazou/ohanashi/e-16-gyokuon.mp3 でお聞きいただけます。(mp3プレーヤーが必要です)


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