ある通信兵のおはなし

8月6日の長い一日

平成17年1月21日配信
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 8月6日の深夜2時ごろから米軍の「特殊任務機」の動向を追っていた、「陸軍特殊情報部」「海軍の通信部隊」および私達の通信部隊も含めた通信諜報部隊は、全神経を集中させ、米軍機の電波を捉えようと必死になっていました。

が、

私たちが傍受した米軍機の交信状況から推測した「紀伊半島沖で少数のB-29が別行動をとり、二手に分かれた」情報を軍上層は無視し、もっぱら豊後水道に向かった少数機の動向に気をとられ、それに基づいた防空部隊に対する迎撃命令を出していたようです。

我が軍の防空体制、および気象観測を目的とした、別名「露払い機」には多数機の編隊が後続している、という従来からの米軍機の戦法を信じきっていた模様でした。

しかし私たちは、
平岡少尉が記録しているB-29の飛行経路から、米軍機が名古屋方面の軍需施設を空襲する場合に、伊勢湾を北上せず紀伊半島の山間部を飛行し、任務終了後に遠州灘へ離脱する経路を把握しており、その動きは容易に知ることができました。

今回は、そのル-トよりも西寄りでした。

とすれば、阪神間が目標なのか?
護衛の戦闘機を伴わずに阪神間を空襲するような暴挙は、常識では考えられませんでした。

藤田曹長。

「我々の情報が全て正しいとは自負してはいないが、情報に対する追跡調査もせずに無視するとはなにごとだ!」と、息巻いていました。

午前7時9分ごろ、

【目標上空は快晴、目視攻撃可能】との、無線電話を傍受してから、平岡少尉が、座標系数値を表した地図を広げて、コンパスを使ってなにやら測定しています。

その訳を尋ねますと。

「豊後水道から瀬戸内海に侵入したB-29は、瀬戸内の何処かから通報したものと推量する。
瀬戸内で我が軍の軍需施設が多く存在するのは、「広島」だ。
従って、特殊任務機の目標とは、「広島」に相違ないと推量する。

広島から半径10Km〜20kmの位置にある僚機に、気象状況を含む情報を通報することは考えられない。

とすると、通報先は広島から200Km〜300km以内にいる米軍機であると憶測する。俺は、我が軍の防備が比較的に手薄である「日本海の沿岸」であると考えているから、本来の目標地点までの距離をB-29の巡航速度から推測して、どの位置で待機しているのかを、推定しているのだ」とのことでした。

森田隊長は、そのことを司令部に報告しました。

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時間は刻々と過ぎて行きましたが、記憶では午前8時少し前でした。

無線を封止しているのでしょうか、その後、B-29の全く電波を捕捉することはできませんでした。

目標に向かう「爆撃航程」を開始しているであろうことだけは、時間経過から判断できました。

運命の午前8時15分は過ぎ去りました。
その瞬間、世界で始めて広島に「原爆」が投下されたのです。

午前9時すぎ、B-29が広島へ新型爆弾を投下したとの第一報が、司令部から入りました。詳細は調査中とのことでした。

7月から再三に亘って、本土に向かう飛行訓練を行っていたことから憶測すると、通常爆弾でないことは歴然としていました。

第一報を聞いたとき、
私たちは全員、切歯扼腕しましたが、もう、後の祭りでした。

広島に向かったのは三機ですが、新型爆弾を投下した「エノラゲイ」の一機だけが広島市の上空に達し、あとの「戦果観測機」の二機は、広島市から約8kmほど離れた瀬戸内を飛行していたそうです。
このことから推測すると、「爆発の衝撃が広範囲に及ぶであろう」ということを、米軍側が認知していたことは歴然としています。

翌7日、大本営は、

1.昨8月6日広島市はB-29少数機の攻撃により相当の被害を生じたり。
2.敵は新型爆弾を使用せるものの如きも詳細は目下調査中なり。

と、発表しました。

 情報局総裁の下村宏は、「戦局は最悪の状態である」との談話を発表し、また、阿南陸軍大臣からは「死中活あるを信ず」「全軍将兵は楠公精神を具現すべし」との訓示がありました。

このことを聞いた平岡少尉は、軍刀で机を叩きながら、

「我が軍上層部の情報分析体制の不備と愚かさを棚にあげて、何をほざいているのだ!まんまと「おとり機」に騙され惨禍を招いた不始末を、どのように責任をとるのか!!」

皆も同じ心境でした。

度重なる本土への飛行訓練から想像すると、近い内に第二、第三の新型爆弾が何処かの都市に投下されるのは必至であろうと予測していました。

因みに、我が軍の上層部は、
8月7日早朝、ワシントンでトル−マン大統領が「原爆投下」を正式に発表した放送内容を聞き、「特殊爆弾」の正体を知ったのでした。


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