ある通信兵のおはなし

正体不明機の追跡

平成17年1月7日配信
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 和訳担当一等兵が受信した英文タイプの内容を和訳してもらいながら、はたしてこの内容が、情報として活用できるかどうか?と、少々判断に苦しんでいました。

その内容というのは、
前線兵士の交替に関する、個人の雑談的会話のようです。

「ハワイの施設でどこがよいか?」

当時の日本軍では到底考えられないことから、前線兵士の交替とは、戦線の移動ではないか?と思いました。

この他愛もない会話通信の中に、暗号文が隠されてある場合があり、隊の移動を表現することもあるからです。

しかし、最後まで翻訳すると、やはり個人的な通信のようでしたので、内心安堵しました。
しかし、米軍は個人の通信ができるぐらいの余裕があったわけです。

我が軍の他通信所に、定時通信の送信をしていた上等兵が、なにやらソワソワしているので「どうしたのか」と尋ねると、

「○○通信隊にこの電文を送っていましたが、「ヘボカワレ」と言って、なかなか受けてくれません」と、悔しそうに言っています。

「ヘボとはどういう意味だ?
よし、俺が代わって送るから、横でみておれ」

内心では、ヘボの意味を人一倍知っていましたが、上等兵にはイイカッコを見せました。

完全二重通信(送受信の周波数が別々で送信、受信が同時にできる方式)ではありませんので、三通の司令部からの指示電文を送り終わったあと、

「ムフ(次に送るべき電文なし)K(どうぞ)。」

と、送りますと。

「受信困難、一通目の第二行のはじめから、サラ(再送されたし)。」

予期していたとおり、送信速度は分速約110字でしたが、数字(軍隊の略符号)ばかりの受信の明け暮れで、和文の受信が苦手なのでしょう。

さきほど、上等兵が「ヘボカワレ」と言われたことを思いだし、電文も重要事項でなさそうでしたので、従来のわが隊とはチョット違うところを、この際、示しておく必要があると考えました。

「ヘボの意味を説明してやろう。
貴様のようにロクに受信もできないのに、一人前の通信士を自負している輩のことを言うのだ。俺の送る速度に対応できない貴様らは転属したらどうか、階級は。K(どうぞ)」

相手は現役あがりの兵長でした。


「誰でも初めは素人だが、一定のところまでは誰でも到達できる。
しかし本職(プロのこと)になるためには、更に高い壁があることを、この際認知しておけ。俺は○○伍長だ」

このことが、相手の隊長から司令部に報告があったそうです。

通信部隊の総指揮をとっている司令部の須原中佐(前の部隊の隊長)は、「本官がそのように教育してきたのだ。○○伍長が言ったことは、本官の指示事項であると銘記せよ」

そのことを聞き、溜飲がさがりました。

多田上等兵(逓信省無線講習所卒、現役入隊)の、

「V符号を捉えた。問題のV600番台だ」

という大きな声が部屋中に響きわたりました。

念のため他の一台で検波してみますと、なるほど600番台ですが、発信が飛行中なのかどうかまではわかりません。

無音状態が10分ほど続いたあと、「こちら5V625、任務終了、帰投する、位置座標○○」と和訳担当一等兵の声。

H少尉が座標数値を表示した地図を広げ、位置をプロットしましたが、驚いたことに、従来の北上コ−スからは相当ル−トが西寄りです。
しかも、帰投すると通報を発信した位置は、東経135度、北緯30度付近です。

東経135度は日本標準時間(JST)の経度で、北緯30度は相当本土に接近した位置です。

なお、「任務終了」とはなにを指すのか?
従来の、富士山を目標とする飛行経路は、日本の本土防衛航空部隊、及び電波探知基地の哨戒が厳しいため、新たな経路を開発しようとしているのか?

真意は全くわかりませんでした。

しかし、「正体不明機」のコ−ルサインを察知したことと、飛行経路が判明しましたので、そのことが隊長から司令部に通報されました。

恐らく、特情部(陸軍特殊情報部)も探索に全力を傾注していたでしょうが、僅か数秒間のモ−ルスをキャッチできたかどうか?
若し、キャッチしていないとすれば我が隊の殊勲でしょう。

当時、海軍でも、米軍に関する通信諜報は行なわれており、海軍軍令部大和田通信隊が主力となって諜報活動を行っていました。
そこでは、米軍の暗号解読に努めていましたが、AN系と呼ばれる、比較的脆弱な航空暗号については、解読できていました。

従って、謎のV600番台のコ−ルサインについても、追跡していたそうです。

(注)現在、大和田通信隊の跡地は、米軍の通信基地となっています。
   なお、旧海軍通信隊当時の公称は「海軍気象通信所」となっていました
   が、これは諜報活動を行っていることを隠蔽するためでしょう。

「引き続き24時間体制で、その正体を解明せよ」
との命令が司令部からありました。

600番台のコ−ルサインを持つB-29は他にもある筈で、「正体不明機」の飛行経路解析は、まだその緒についたばかりです。

なお、室戸岬電探基地からの情報によれば、一旦機影らしき姿をスコ−プに捉えましたが、2.3分後に消えたということでした。
その位置がUタ−ンしたポイントであると思われます。

いずれにしても、正体をあばくまでは、瞬時も傍受体制を緩めることはできませんので、緊張の日々が続くこととなりました。


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