ある通信兵のおはなし

無線通信と暗号

平成16年12月24日配信
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 転属してきた通信隊の気風が変わってきました。
 
既存の通信兵は任務遂行の実感が湧かず、そのため遣り甲斐のある任務に携わっているとの自覚に欠ける面が多分にありました。

しかし、本土空襲に出撃してくる米軍機の発進状況を、電探基地の情報に先がけて収集することができる通信傍受活動の実態を目の当たりにして、私たちの技術を盗もうと、それぞれがヤッキとなってきました。

藤田曹長から。

「手をとり足を取るような教え方はするな。
基本的なことは岩城上等兵が訓練するから、それを実戦でどれだけ応用できるかが問題である。
ヒントだけを与えて後は自分で考えさせるようにしろ」

例えば、米軍機の通信を傍受するために受信機のダイヤルを回して検波する場合でも、細心の注意を払い、あらゆる電波が交錯している中から、狙う米軍機の電波をキャッチしようとすれば、経験と勘が働かなければ聞き逃してしまう
ものです。

特に感度がよい周波数帯では、電波のラッシュアワ−時、ダイヤルを0.5mm回しても別の信号が入ってきます。

そのような状態でも、和訳担当兵は根気とネバリで目的とする敵機の通信を見つけだしていました。

 英語らしい交信をワッチ(受信)したときは、即、和訳担当が受信の補佐を行い、米軍の交信かどうかを判断しました。英語の通信と言っても全てが米軍関係とは限りません。
英語圏の何処かが、軍には関係のない通信をしている場合もあるからです。

当時、米軍の通信を傍受するために英語の堪能な若者(米国生まれの米国育ち)を全国から徴用していました。隊員数は約50名でした。
いずれも満20才未満の若者達でしたが、私たちの隊に配属された3名と司令部通信班の3名もそういった若者でした。

 軍事用の無線通信はその殆どが暗号化された電文です。
これは、作戦や命令を敵に知られると、作戦の裏をかかれて致命的な結果を招くこととなるからです。

 日本軍は陸軍、海軍が別個に暗号技術の開発と敵の暗号を解読する技術開発に取り組んでいましたが、陸軍が米軍の暗号を解読する方法に成功したときは既に終戦直前で、とき既に遅しの状態でした。

 暗号の歴史は古く、古典的暗号として知られている「シ−ザ−暗号」のほか「ルイ14世の大暗号」「ナポレオンの小暗号」などが有名ですが、これらは秘匿したい単語を所定のアルゴリズム(手順)に従って文字の置き換えを行い、意味不明の文に変換する方法です。

 日露戦争時の日本海海戦で知られる「本日天気晴朗なれども波高し」の暗号文は、秘匿したい単語をカナの3文字に置き換えたものでした。

暗号文は。

「アテヨ イカヌ ミユトノホウニセツシ ノレツ ヲハイシ タダチニヨシス コレヲ ワケフ ウメル セントス、ホンジツテンキセイロウナレドモナミタカシ」

この意味不明な電文の中のカナ3文字を暗号コ−ドブックによって解読すると。

アテヨ・・・敵
イカヌ・・・艦隊
ノレツ・・・連合艦隊
ヨシス・・・出動
ワケフ・・・撃沈
ウメル・・・撃滅

と、なりますので、平文にすると。

「敵艦隊見ユトノ報ニ接シ、連合艦隊ヲ配シ直チニ出動、コレヲ撃沈、撃滅セントス、本日天気晴朗ナレドモ波高シ」となります。

(参考図書「情報戦に完敗した日本、陸軍暗号神話の崩壊」岩島久夫、原書房)

 真珠湾攻撃で使われた「ニイタカヤマノボレ1208」は、事前に決めておいたフレ−ズで「開戦日を12月8日午前0時と定める」との意味で、発信は12月2日17:30。
海軍の放送通信隊から放送形態で発信しました。

(注)「はなし」の第14話を参照してください

 私たち通信隊から送信する気象情報は、4数字の組み合わせによる暗号文でしたが、一字ごとを目で見ながらの送信は、ともすれば同じ数字を2度打ちしたり、また、脱字の怖れもあることから、最低でも4数字一組を丸暗記する必要がありました。

ところが、手元に沢山の送信原稿がある一人の上等兵が、訂正符号を連発しながら電鍵を打っており、私はそばで見ていてイライラしてきました。

「後は俺が送るから、貴様は受信傍受の方を応援しろ。送信が終わったら貴様に話したいことがある」

上等兵はむかついたでしょうが、放送形式の送信の訂正は最低100字につき1字ぐらいでなければ、受信する方は聞きづらくてたまりません。
役者がセリフを噛むのと同じで、聞きづらいのです。

送信を終えたので、さきの上等兵に対し

「いまさら説教がましいことを言いたくはないが、送信中の訂正があまりにも多すぎる。4数字を暗記して送信しながら次の単語を覚える練習をしろ。瞬間に4つの数字を丸暗記するぐらいは練習を重ねると会得できる」

上等兵は、納得したようでした。

因みに、一字一字見ながらですとボタンの押し違いがあります。
が、8コ−ドの場合は最初の4数字を暗記し、ボタンを押してから次の4数字を暗記する、このように4数字単位で暗記すれば、例えば、テレビ録画する際のGコ−ド(12桁)の場合、3回記憶すればよい訳です。

 軍事技術の一環として暗号は発達してきましたが、近年ではパ−ソナルコンピュ−タ−を始めとして、携帯電話も自動的に音声の信号が暗号化され、会話の内容が第三者に知られないよう暗号の強度が高められています。


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