ある通信兵のおはなし

先手必勝

平成16年10月22日配信
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 昭和20年5月の下旬は、気候もよく過ごしやすい季節となりましたが、日本全土の人々は、アメリカ軍機の空襲に怯える毎日でした。

 隊長から、重大事項の伝達があるから昼食後に全員が集合するようにとの命令がありました。
最近の隊の空気から察知すると、我が基地の存在をアメリカ軍が知ることとなったことから、基地の閉鎖、もしくは他基地との統合が近々あるのではないかと私は予想していました。

隊長は「戦局ますます熾烈化となりつつある現時点であるが、司令部に於いて本土防衛に関する作戦会議が昨日深夜に及んで開かれた。
その、概要について、伝達する。

1.本土防衛空軍部隊を充実させるため、各部隊の統廃合を行なう。
2.搭乗員の錬度を向上させるため、訓練の充実を図る。
3.米軍機の動向を早期に把握するため、電探基地の拡充と電測要員の充実を図る。
4.米軍通信の暗号解読の促進と、通信傍受体制の充実を図る。

概略は以上であるが、各項は一応、もっともらしい事項に集約されている。
本官は総論的には賛成の意見を申し述べたが、各論の具体的施策については議論が伯仲し、最終的には、参謀連が各隊長から出た意見を集約し、司令官が決裁することとなった。

問題は当基地の存続の可否である。
米軍側の無線通信傍受による戦術により多大の貢献を果たしているが、哨戒機との連携による索敵行動の基地を単独で設置しておく余裕がないほど、戦局が逼迫していることに問題がある。

従って、身辺の整理を行ない、如何なる結果となろうともこれに即応できるよう対処しておくこと。

以上であるが、質問はないか。」
と報告されました。

これに対し隊員から以下のような意見が出ました。

T曹長
「搭乗員の錬度向上を図るために訓練を充実させることについてですが、搭乗員の錬度を向上させるのは、優秀な教官が教導し、現場における経験の積み重ねがなければ達成できず、速成で向上させることは殆ど不可能に近いと思われます、従って、本土決戦を目前に控えたこんにちに至ってから錬度向上を云々するのは、時すでに遅しの感があります。
なお、教官の充実を現在まで疎かにしていた感も拭い去ることができません。
私の感想を申し上げました。」

通信室長。
「基本的にT曹長の意見に同感であります。哨戒機と基地通信隊とは密接な意志疎通と連携がなければ、我が隊が行ってきたような戦術を駆使することはできないと勘案します。
若し、哨戒機と通信隊を分割するのであれば、通信隊の所在地は電波が伝播する範囲であれば場所は問いません。しかし、哨戒機部隊との連携を密にするためには哨戒機部隊を特定する必要があると考えます」

これを受け隊長は
「両名の意見はもっともであり、そのことは、昨日の作戦会議において本官も力説したことがらでもある。
当隊として、さらに見解を集約し司令部の参謀たちに具申することとする。
以上である」
と答えました。

その夜は、19年9月に当隊に配属されてから約9ヵ月間に起きた、さまざまなことが脳裏をかすめてなかなか寝付けませんでした。

最初の出撃の空戦でチビッたこと。墜落したB-29を、海中に没するまで見守っていたこと・・・などが走馬灯のように想いだされました。

若輩の私でも任務が達成できたのは、竹中曹長のような、豪胆、沈着、冷静な指導者に恵まれたことと同僚の援助があったおかげだ、と思うにつけ、胸が熱くなり一筋の涙が頬を流れました。

達成できた喜びは沢山ありましたが、辛かった思い出が殆どないのは、基地での人間関係と任務遂行にあたって、皆が一致協力したからでしょう。

夢うつつの状態の朝4時過ぎ、通信軍曹が「米軍艦載機が発艦中」と大きな声で皆を起こしに廻ってきました。

T曹長は
「やはり来たか。中谷軍曹、後藤軍曹それに通信担当の杉本上等兵と竹中上等兵に、直ぐに集まるように伝えてくれ」と私に言いましたが、その表情はいつもとは違っていました。

曹長
「おそらく、本日の出撃が、当基地から飛び立つ最後の出撃であろうと思う。
ここに集まった我々は、悔いのない任務を達成したきたことに誇りを持ってもらいたい。この6名が再び顔を会わせることができる保証はないことを明記してほしい。昨夜、空戦の戦術をいろいろ考えたが、米軍は過去2回の失敗を繰りかえさないよう万全の体制で攻撃してくるであろう。

2回目の攻撃のときは、我々が、留守中に空き巣狙いのように侵入してきた経路をあらゆる可能性を想定して勘案し、B-29の護衛機として侵入する経路ではなく裏を描いたものであると結論づけた。

俺が類推した経路は、千葉県銚子から西方へ向かい、東京の北を通過し埼玉県から青梅まで南下したものであると考える。
この経路は、米軍の本土上陸作戦である「コロネット作戦」(注)に類似している。
(注)「コロネット作戦」は、第51話を参照してください。

相模湾方面は、我が軍の警戒が厳しいことと途中の対空砲火陣地の所在から考えると、まず避けるであろう。「コロネット作戦」の予行演習のような戦術をとることは必定であると考えられる。

そこで我々がとる戦術だが、銚子の沖、高度6000mで敵機を待つ。
敵機はレ−ダ−捕捉を避けるため、本土に近づくと海上スレスレで飛行、陸地上空の高度は、地上からの目視確認をさけるため、高度は平地で100m程度であろう。(高速での低空飛行は、それこそアッというまに通過するため、確認しにくいからです)

我が方は敵機の後方を高度5000mで追尾し、敵機の交信状況から最適であると思われる地点で、急降下攻撃する。

敵機は前回の汚名を挽回するため、最低でも30機が二つの編隊を組んであると、推量されることから、俺が第一編隊の一番機(編隊長機)を狙う。N軍曹は第二編隊の一番機、G軍曹は第二編隊の殿(しんがり、後方警戒機で熟練操縦士)機をそれぞれ攻撃の目標機とする。

敵機が攻勢に転じて反撃してきたときは、上昇させないよう馬乗り態勢で攻撃する、低空での急転回は困難であるため、敵機の空戦能力は低下する。

隊長機が撃墜されたことを知れば敵機はバラバラとなり、盲撃ちをしてくることは必至であるが、1対1での空戦に持ち込み、相手の恐怖心を高めることにより容易に撃破することができる。

南へ遁走する機は北へ追い上げ、できるだけ航続距離を延ばすように。
敵空母の位置は、艦載機の航続距離から考えると本土から約700kmの太平洋であろう。従って、艦載機の航続距離は本土上空で約300kmであると推計した。
空母に帰投不可能とすることにより、一石二鳥の戦果を納められると考えた。

「先手必勝」の精神と「皮を切らせて肉を切る。肉を切らせて骨を切る」この心構えで行けばキッと成功する。

まだ時間があるが、再び6名が顔を会わせられるように奮闘されたい。
俺が出撃時期を合図するから、それまで充分点検をしておくように。」

曹長の口調は、まるで隊長ソックリでした。

それにつけても、敵空母の航空参謀が日本のチッポケな基地を叩くためにヤッキとなるのは、我が基地の作戦を知悉しているか、それとも、汚名挽回を果たすためでしょうか。

通信室長が「敵機の交信を傍受した。座標位置から判断すると、銚子沖から侵入することは明らかである」

その連絡を聞き、三機が出撃しました。これが最後になるやも知れないと思うと感無量でした。

通信室長。
「敵編隊はまもなく銚子上空。編隊長から各機に対して、侵入方位と高度を指示している」

レ−ダ−を見ると相当な機数です。
こちらの待ち伏せには気づいていないようです。

高度差が約6000以上もあると双眼鏡でも確認しづらいです。
敵機はやはりグラマンでした。第一編隊15機、第二編隊15機の計30機です。

武者震いでしょうか、背中がジ−ンとします。

T曹長が無線電話で、N軍曹とG軍曹に対し「指示したとおり行動せよ。銚子灯台沖からグラマンは高度を落とすから、我々は高度5000で30km後方を追尾し、相手の虚をついて急降下攻撃するが、我々三機が同時に行動しないと失敗する。
俺が合図したら攻撃せよ」

敵機の一番機は、わが方の37mm機関砲を浴び、バラバラとなり炎上して墜落して行きます。
これはまるで、鷹が獲物を捕らえるのと同じようにアッという間の出来事でした。後ろを見ると、グラマンの二機が赤黒い火を引きながら墜落しています。

グラマンは上昇しようとしますが、目の前に着弾するように撃ちましたので、上昇できずにもがいていました。二番機が火を吹くのを見届けたのち、周りを見渡すと、編隊はばらばらとなり、なかには遁走してゆくのも見えます。

T曹長は「逃げようとする敵機を北へ追い上げろ」と指示しています。

激闘の空戦の模様を基地へ通報しましたところ、無線電話で隊長の声が入りました。
「貴様たちの気持ちは充分わかるが、決して犬死になるような無理はするな」

この言葉を聞いてT曹長は、
「ありがとうございます。今日は、私たちの気分が晴れるまで思う存分に暴れさせてください」

曹長は、日頃の鬱憤を一挙に晴らしているように私には見えました。
空戦は激闘を極め、何機を撃墜したか確認する余裕はありませんでした。

栃木県の鬼怒川あたりで、二機のグラマンがギブアップしました。

基地に対し「二機を拿捕した、同時通訳をたのむ」と言い、「君たちが狙った基地はどんなところかを案内する。残った機銃弾を撃ち尽くせ」と敵に伝えましたところ「バリバリ」と撃っていました。

それを見届け、「よし、これから誘導する。指示する方位に向かって高度2000で飛行せよ」

途中で友軍機の誤射を避けるため、基地から司令部を通じてグラマン二機と我が軍の双発機三機が南下することを、我が軍の基地に対して通告してもらいました。

N軍曹機とG軍曹機に被弾の模様を聞きましたが、「アチコチに穴があいていると思うが搭乗員は無事。飛行には支障がない」とのことでしたので、ひと安心でした。

基地の和訳担当兵の同時通訳で、更に「君たちは何回目の出撃か」と聞きますと「初めてだ」とのこと。「飛行服の股のところが濡れていないか」と尋ねますと、暫くして「今、気がついた、ボトボトだ」の答え。

「そうだろう、それが普通の人間である証拠だ」と、返してやりました。

並行して飛行しながら、相手の操縦士を見ると未だ10代のようです。アメリカも操縦士の養成には苦労していることが窺えました。
なお、「君たちは捕虜となっても我が軍は拷問などはしない。安心せよ」と言うと「サンキュウ」と返ってきました。

基地上空です。
既に二機の捕獲を通報していましたので、安全のために消火隊が待機していました。空母着艦を訓練している関係でしょうか、彼らは最低の滑走距離で着陸しました。

残りのグラマンは、日光周辺で方向を失い彷徨っているか、或るいは太平洋に到着するまでに、他基地の我が軍の迎撃に遭遇しているかも知れません。

出撃の都度、怖い思いをすることもありましたが、これが搭乗の終りであることを思うと、一抹の寂しさを感じました。


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